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「馬」字の4点が「四本の脚」を象ったものだという誤解を訂正

【要約】「馬」という漢字について、下部の4つの点(「灬」)は「四本の脚」を象ったものだという誤解があります。これは『説文解字』などの古典的字書にも見られますが、小篆や隷書・楷書など後代の字形の見た目から推測したものであり、漢字の歴史に沿った正しい分析ではありません。甲骨文や金文といった初期の文字資料を確認すると、「馬」字のウマの脚は二本だけが描かれ、それとは別に三叉の尾が描かれています。これらの筆画が非常に長い間絶えず変化しつづけた結果、後の字形では4つの点に簡略化されました。現代の字形の見かけから成り立ちを想像するのではなく、初期資料に基づいて連続的な変化の過程をたどることが重要です。


1. 「馬」字の筆画に関する誤解

漢字の「馬」は、動物のウマを象ってできた文字だというのは、よく知られていることだと思います。しかし世間では、この「馬」字について現在の字形から想像したことによる、ある誤まった理解が広まっているようです。それは、「馬」字の下部にある四つの点(「灬」)は「四本の脚」を象ったものだというものです。

この説明は、現在一般に流通している漢和辞典にも見られます。

【なりたち】象形。馬の頭・たてがみ・尾と四本の足を描いた字である。武事に関係することに使われる。

『新選漢和辞典』第八版新装版、小学館、2022年、p1397

また、ウェブ上にも同じような説明があります。例えば、次の文章はつい最近公開された記事に見られるものです。

「馬」字の下の点は馬の足を象った部品である。言うまでもなく、馬は四足動物だから、点は4つある。

戸内俊介『走る馬、欠けた足―漢字の「馬」の点が語るもの|やっぱり漢字が好き56』、kanjicafe、2025年12月15日
https://www.kanjicafe.jp/detail/14040.html

こうした説明は「現在よく知られている楷書体の字形」を出発点にして、そこからいわゆる漢字の成り立ちを想像している点に問題があります。漢字は、紀元前13世紀頃の最初期の字形から現在の形まで、長い時間をかけて少しずつ筆画が変化してきました。現代の字形だけを見て「ここは脚に違いない」と判断すると、歴史の途中で起きた多くの変化を見落とすことになります。

以下では、誤解が生まれた経路を整理したうえで、初期資料から見える字形の構造を説明します。

2. 『説文解字』による説明

この「四本の脚」の誤解は、「馬」という文字が今日のような形になった漢代以降、繰り返し再生産・再複製されつづけてきました。

例えば後漢に編纂された字書『説文解字』は、「馬」を次のように解説しています。ここでも下部が「四足」と説明されています。

怒也。武也。象馬頭、髦、尾、四足之形。

怒り〔に満ちたようすの動物〕であり、武〔に用いる動物〕である。馬のたてがみと尾と四脚の形に象る。

日本語訳:『全訳 漢辞海』第五版、三省堂、2025年、p1643

『説文解字』は、多くの漢字の形や意味について解説した、古典的で影響力の大きい字書です。その権威の強さからか、中には『説文解字』の説明をほとんど絶対視するような人もいます。その背景には、昔の人は現代人よりも優れた「神秘眼」のようなものを持っていて、文字の本質を直観的に見抜けたはずだ、という発想があるのかもしれません。あるいは、『説文解字』が書かれた「昔」と、漢字が作られた「昔」を同一視して、『説文解字』が漢字創成の状況をそのまま伝えていると勘違いされている可能性もあります。しかし、このような理解は改める必要があります。

『説文解字』は、漢代の学者が、当時手に入った資料をもとに文字を考察した成果にすぎません。漢字が作られた時代そのものの直接証言ではなく、ましてや、そこに書かれた説明が自動的に正しいと保証されたり、格式高いものとされるわけでもありません。むしろ、現代よりも参照できる資料が限られており、そのため現代の研究よりも多くの誤りが存在しています。『説文解字』を古代漢字の研究史の出発点とみなすことはできても、その説明を多かれ少なかれ議論の余地のない真実とみなすのは適切ではありません。

『説文解字』の字の説明は、隷書(簡牘に用いられる書体)や小篆(印章に用いられる書体)といった当時の字形に基づいています。漢代には、先秦時代のより古い段階の字形(殷墟甲骨文や西周金文など)にアクセスする手段は非常に乏しく、すでに大きく変化していた字形をもとに解釈せざるを得ませんでした。その結果、「馬」字の4つの点を「四足」と誤解釈することになったのです。

3. 「馬」字の形の変遷

一方、現代の研究は『説文解字』よりもはるかに多くの資料を扱えることができるようになりました。19世紀末から西周金文の本格的な収集・研究が進み、20世紀初頭以降は甲骨文の発見と研究が加速しました。これにより、漢字が成立して間もない時期の字形とそこから現在に至るまでの過程を、実物資料に基づいて検討できるようになりました。

初期の甲骨文を見ると、「馬」字はウマを横から見た姿であることがよくわかります。後期の甲骨文になると体の部分が大きく簡略化されます。しかし、どちらも脚は二本しか描かれていません。

劉釗『新甲骨文編(增訂本)』、福建人民出版社、2014年、p561–2

この文字の形はもともとウマを横から見た姿を象ったものですが、これは「形がウマに由来する文字」であって「ウマの絵」ではないことを忘れてはいけません。文字は言語を記録するための視覚符号であるため、最初期にはこのようにものの姿を比較的忠実に再現した形をもったものが多くありましたが、システムとして運用されると文字の形は筆記の便宜のために変化していきました。したがって、「馬」字も上掲の商代の形から、西周・春秋・戦国時代と時を経るに従って下記のように変化を遂げています。

江學旺『西周文字字形表』、上海古籍出版社、2017年、p415–6
吴國升『春秋文字字形表』、上海古籍出版社、2017年、p433
徐在國・程燕・張振謙『戰國文字字形表』、上海古籍出版社、2017年、p1355

初期の形から現在の「馬」字の形に至るまでの字の下部の変遷を模式図にすると次のようになります。

「馬」字の下部の変遷

最初期の形では、脚は2本しか書かれておらず、それとは別に三叉の尾が描かれていました(上図一番左)。そこから絶え間なく筆画が変化し続け、春秋・戦国時代には、もとをたどれば頭部に由来する筆画が字の上部に、もとをたどれば脚と尾に由来する字が下部にコンパクトに書かれるようになりました(上図左から4~5番目)。さらに筆記の便宜のための簡略化が続き、現在のような4つの点を持つ形となりました(上図左から6~7番目)。その結果、この変化した字形に基づいて「四本の脚」という誤った解釈が生まれるようになりました。

このことは、甲骨文研究の早い段階から明確に指摘されてきました。例えば徐中舒は1930年代までに、動物の象形字は真横から見た脚が二本の形の字が多いこと、誤って四本の脚と解釈されている筆画の一部は、脚ではなく尾に由来する筆画であることを具体的に述べています。

徐中舒曰:甲骨文凡關於禽獸的象形字多作側視形只能顯其一面,因此四足的獸只畫其兩足。《説文》中凡馬鹿羊豕象㲋諸字都解説為象四足形,例如:“馬,怒也。武也。象馬頭髦尾四足之形。”這些字在小篆裏也的確是象四足形。《漢書・萬石君傳》説,書馬字與尾當五,馬本有四足,再加一尾為五,這類的錯誤全是根據當時為變的字體而來。正當的解釋是尾三足二。甲骨文及銅器中畫獸尾多作ᛣ形。象尾毛分張之形。試看銅器狩獵圖上所畫的獸形就受加明白了。

徐中舒は次のように述べている。甲骨文では、動物に関する象形文字は横から見た形で描かれることが多く、その一方向から見た形でしか表せない。そのため、四本足の動物であっても二本の足だけが描かれるのである。『説文解字』では、「馬」「鹿」「羊」「豕」「象」「㲋」などの字はいずれも四本の足を象った文字と説明されている。例えば「馬、怒なり。武なり。馬の頭・鬣・尾・四足の形を象る」とある。これらの字は、小篆の形をみると確かに四本足を象っているかのようである。また『漢書・萬石君傳』には、「馬」という字は尾を含めて五であるという記述がある。馬は本来四本足であり、そこに尾を加えて五つの筆画があるというわけだが、これは誤った理解である。この種の誤りはすべて、すでに変化していた当時の文字の形に基づいて解釈したことで生じたものである。正しい解釈は「尾は三画、足は二画」である。甲骨文や金文では、動物の尾は多くの場合“ᛣ”のような形で描かれており、これは毛が左右に広がっている尾の形を象ったものである。青銅器に描かれた狩猟の図の動物の形を見れば、このことはいっそう明白である。

朱芳圃『甲骨学文字編』、1933年、第10巻p1

さらに、1990年頃までの主要研究の成果を集約した専門書『甲骨文字詁林』でも、同じ論点が整理されています。

《説文》以馬“象馬頭髦尾四足之形”,象頭髦尾是也,不得謂象四足。金甲文獸類字多象其側面形,僅見其二足。許慎誤以尾形作ᛣ者分離其二畫為足,故謂之四足。

『説文解字』では、馬の字を「馬の頭・たてがみ・尾・四本の足を象ったもの」と説明している。頭・たてがみ・尾を象っているというのは正しいが、四本の足を象っているわけではない。金文や甲骨文に見られる動物関連の文字は、多くが横から見た姿を象っており、足は二本しか描かれていない。許慎は、尾の形を描いた“ᛣ”のような形のうち二画を分離して足と誤認した結果、四本の足と説明してしまったのである。

于省吾 編『甲骨文字詁林』、中華書局、1996年、p1592

このように、現在の学界では「馬」という文字の下部の4つの点は、もともと左の2つのみが脚であり右の2つは尾を描いた筆画に由来することがわかっています。それらの筆画が簡略化されて4つの点になった結果、後の時代にはこれが「四本の脚」を描いたものだという誤解が生じました。

4. 「馬」以外の文字の例

徐中舒が述べているように、『説文解字』では「馬」字のほかにも、「鹿」「羊」「豕」「象」「㲋」などの字の下部も「四足」を象ったものだとされています(実際には「豕」字の説明には直接「四足」という記述はありませんが、そう考えられていたことは間違いないでしょう)。

象,長鼻牙,南越大獸,三年一乳。象耳、牙、四足之形。

長い鼻と牙があり、南越地方の大きな獣で三年に一度子を産む。耳と牙と四足の形に象る。

日本語訳:『全訳 漢辞海』第五版、三省堂、2025年、p1387

「羊」がヒツジの頭部を象った文字であることを除くと、これらの字の下部の筆画も、2本の脚(と三叉の尾)に由来するものです。例えば「象」の初期の形は以下のような形です。

單育辰『甲骨文所見動物研究』、上海古籍出版社、2020年、p195

これらも『説文解字』が当時の形に基づいて解釈した結果の誤りです。現代の研究では、初期の形とその後の変遷がよく知られているため、こうした誤分析は訂正されています。

5. おわりに

皆さんは、いわゆる漢字の成り立ちを説明した文章に「甲骨文」「金文」といったラベルとともに初期の字形が掲載されているのを見たことがあるかもしれません。

『角川 新字源』改定新版、角川書店、2017年、p1528

それを見ると「甲骨文」の形・「金文」の形・現在の形はそれぞれ非常に形が異なっており、それらは無関係に思ったり、突発的・瞬間的に形が変化したり、それぞれに異なった起源があるのだと考えたくなるかもしれません。しかし、そうではありません。そこに掲載されている字形は、あくまで1000年以上かけて変化し続けてきた連続的な流れのある一瞬を切り取ったものにすぎません。1000年以上もの長い時間をかけて徐々に連続的に「甲骨文」の形から「金文」の形を経て、現在の形になったのです。初期の形を無関係なものとしたり、漢字の長い歴史を無視したりして、現在の形に基づいて「漢字の成り立ち」を憶測してはいけません。

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