静かなインターネット

SNSから少し距離を置く生活を半年くらいしてる。

「鮮度の高い情報が取れなくなるのでは」と思ったが、今のところはさほど困ってはいない。

SNSが登場した頃は、「人と人が繋がり、世界が変わる!」と思った。Web2.0の集合知のコンセプトは今も好きだ。つながることは正義だみたいな楽観論が世界にあふれていた牧歌的な時代だった。

近頃は人よりも偽アカが繋がりたいと押し寄せてくる。

もはやSNSで繋がっている相手は本当に“人”なのかだろうか?すでに世界のトラフィックの半分以上はすでにボットだという。

話してる相手は人と思ったら実はボットとつながり、つぶやき、「いいね」や再生回数をもらってボットのフォロワー数が増えてるだけなのかもしれない。SNSのソーシャルグラフは人と人をつなぐグラフから人とボット(AI)をつなぐハイブリッドなグラフにかわっちゃうのかもしれない。

ソーシャルグラフの変容だけでなくSNSをタイムラインもかわっていく。

Facebookがエッジランクを発明して随分と経つ。今では、ひたすらかわいいものや怒ってることとかの感情成分が強いほどアルゴリズムが反応し、拡散され結果的に自分のタイムラインを埋めていく感じ。SNS広告も扇情的になっていく。

自分のタイムラインがひたすら楽しいこと、可愛いもの、焦ってること、怒ってる、承認欲求への渇望にうまっていく。知的刺激より感情的刺激成分の高い方向に。どんどん賑やかなインターネットに変わっていく。

自分自身はリアルの世界でも感情をダイレクトに表現する人たちの間にいるのがかなり苦手なタイプなので、だんだんとピースでいられなくなっていた。それがSNSから離れていく理由だ。

レコメンドとは無縁なSNS時代以前のRSSリーダーとか今だからこそ出てこないかな?Livedoorリーダーとかキーボードだけで全て操作できて素晴らしいUIだった。

とはいえ、何かをアウトプットするのは、大切な営みだと思う。だからこれからは、もう少し感情成分の少ない場所、原点回帰して、ブログの比率を増やしていこうと思う。

と思って昔、使っていたTypepadを掘り出してみたらサービス閉鎖されていた…..過去ログをダウンロードしそこねたのが痛恨。なので当面はnoteで書き連らねていくことになる。

こういう2000年代の古のネットの世界への懐古調を書き出すと"インターネット老人"まっしぐらだ。

ネット老人のど真ん中をしっかり歩んでいきたい。とにかくnoteに追加課金してもいいので「PVが見えないモード」をつけてほしい。cgiカウンターでもいいけど。


そして気づけば、gooブログも終了していた。