ずっと感じていたこと

インディーズの弾き語りシーンにずっと感じていたことを勇気を出して書きたいと思う。

とても大事なことだと思うからよかったら読んでみて欲しい。

インディーズ弾き語りシーンで活動してきて、かれこれもう14年になる。

インディーズの弾き語りシーンはここ10年以上、お世辞にも盛り上がってるとは言えない。

平日のライブは20人入れば良い方だし、ワンマンで数百人呼んだミュージシャンが次のライブでは動員4〜5人とかがザラにある。

第一線で活躍してる、あいみょんさんとかVaundyさんとかと比べても遜色ない、本当に才能溢れる凄いシンガーソングライターが沢山いる。

みんな素晴らしい音楽をやっているのに人気がない。
人気がないから数少ないファンの方に支えられて、何とか生活を回してる。

それ故にアーティストはライブの動員という部分で、そして金銭的にも、どうしても数少ないファンに依存してしまう。

ライブの動員というのはアーティストにとって存在価値を突きつけられるような感覚がある。

どれだけ素晴らしい音楽をやっているという自負があっても、「お前の音楽にお金を払って聴きに来てくれる人はこの世界に3人だけだ!!」
という現実を突きつけられた日には自己肯定感を大きく削がれる。
本当に心が折れる。

そんな痛みを味わいたくないから、ライブにまた来てもらえるようにと、ライブ以外の部分でも頑張ってついつい優しく対応してしまう。
愛想が良い方が当然CDも売れる。


そしてファンの方も自分を必要としてくれているアーティストに強く依存してしまってるように感じることがある。
素晴らしい音楽を作って歌っている、カッコいいアーティストが自分を認めて優しくしてくれるし、お話してくれる。
頼めば写真だって撮れる。
そんなの誰だって普通に好きになるしのめり込む。


多くのシンガーソングライターとそのファンが共依存関係にあるように俺は思う。
(そんなことない人もいるとは思う。そうじゃない人はごめんね。これ以上は読まないで。)

アーティストは本当に数少ないファンからお金を貰わないと活動を回していけないし、ファンも自分がアーティストを支えていることに喜びや誇りを感じている部分が少なからずある。

売れていない推しを応援することに生きがいを見出してる人もいる。
それ自体は素晴らしいことだと思う。

しかし、あまりにも距離感が近い。


弾き語りは狭いカフェみたいな会場でライブすることも多いから物理的にも距離が近いし、物販での対応なども丁寧にする人が多いので心理的な距離もどうしても近くなる。
何となく打ち上げにファンが残れてしまうようなイベントも中にはあったりする。
(本当に嫌だったが、これまで強く言えないことが多々あった。)

こんなことを繰り返して、気がつくとアーティストとファンの距離がおかしくなり癒着してくる。

これはあまり健全な関係ではないと俺はずっと感じていたし、自戒を込めてこの文章を書いている。

数人〜数十人のファンに食わせてもらってる、それが成立してしまうシンガーソングライターという世界が時に残酷で、それはものすごく不幸なことのように感じることがある。

何となくそれなりにやれてしまうし、そこそこ楽しくはあるから辞めるタイミングを失って歳ばかりとっていく。
自分が本当になりたかったミュージシャンはこんな姿ではなかったはずなのに。


アーティストとファンが癒着していると、対バンをしたところで、ファンが増えることがなかなか起こりにくい。

ここ10年、対バンでお客さんを増やしていって大成功したシンガーソングライターを俺は一人も知らない。
売れていったのは全員TikTok、インスタ、YouTubeでバズった人か、若いうちから大人に囲まれてプッシュされた人だけだ。

一方で、ファン同士の揉め事で弾かれたファンが別のアーティストの元に流れるといったケースはよく見かける。
なんだかとても悲しい構造のようにずっと感じている。

ファンとアーティストの距離が異常に近いから、ファンの熱量は増える。
ファンの熱量が増えればファン同士の揉め事も当然増える。

本当にどのアーティストのところでもそういった話を聞かないことはない。

うまいことやりくりしてる人もいるし、やりくり出来ずに潰れる人もいる。


この共依存関係や構造によって新規のファンが入ってくることを阻害しているとも思う。

アーティストとファンどちらが悪いとかではなく、そういった構造がいつの間にか出来上がってしまっていたように感じる。


そんな状況に甘えていた自分もいたし、致し方ないと半ば諦めていた自分もいた。

こういうの本当に気持ち悪いなと思いながら、そこから抜けられない自分が大嫌いだった。


シンガーソングライターは人間そのものが商品ではあるし、人気商売ではあるから仕方ない側面もあるとは思う。

どれだけ素晴らしいライブをしたとしても、「物販でお話出来なかった」とかよくわからない理由でライブに来れなくなってしまう人が、どこのファンにも必ずいる。

そんなしょうもない奴ほっとけばいいのだが、健全なファンをそんな風にしてしまったのは他でもない我々アーティストなんだとも思う。
ごめんね。

きちんとした距離感で、きちんとした対応をしていたら、音楽を愛していたまともな人が壊れてしまうことは、ある程度防げたと思う。

これまで俺の至らない対応のせいで、悲しい思いをさせてしまった方も沢山いると思う。
本当にごめんなさい。


足繁く通ってくれる熱いファンを邪険に出来ない、したくない、という気持ちも当然我々ミュージシャン側にもある。

お金を沢山落としてくれるファンを失ったら致命的なダメージを受けるという現実的な部分も勿論ある。
稼げなくなった人から辞めていかざるを得ないから。
続けていくためには稼がなくちゃいけないから。

毎回ライブに来てくれることへの感謝も勿論死ぬほどある。
人としての敬意もある。

ファンを心から大切にしたいと思う。
しかし、大切にすることと、依存することはやっぱり違う。

ファンはアーティストを映し出す鏡と言われているように、そうなってしまうのは他でもない自分の責任なんだと思う。


音楽以外のサービスを提供することを一生懸命頑張ることも素晴らしいことだと思うし、プロだなと思うところもある。

しかし、アーティストがファンとお喋りして機嫌をとることがファンの方を本当に幸せにするんだろうか。
アーティスト自身を幸せにするんだろうか。

それは短期的な幸せでしかなく、長期的にはあまりにも危うい関係性ではないだろうか。

本当にファンの方の幸せを願うなら、本当にアーティストの幸せを思うなら、まずはこの歪んだ関係性をお互い少し見直さなくちゃいけないんじゃないだろうか。


例えば、どうしてミュージシャンが結婚を隠さなくちゃいけないんだろう。

音楽を愛してくれてる人たちのはずなのに、音楽以外の要因でどうして好き嫌いが簡単に変動してしまうんだろう。

夢を見せる仕事だから、という言い分もわかる。
別に敢えて結婚とか恋人の有無を話す必要もないとは思う。

公表するもしないも本人の自由だ。

敢えて聞きたくもないファンの方も沢山いるだろうから、それもまた優しさだとも思う。


だけど、素晴らしい音楽をやっているミュージシャンが必死に結婚を隠してるのを見るとなんだか少し悲しくなるし、この業界の闇を感じる。

結婚を公表しない選択をするアーティストが悪いなんて1ミリも思わないが、公表したいのに出来ないというアーティストがいるという現実が、そうさせている構造が、そもそもおかしくないだろうか。
恋愛禁止と謳っているアイドルでもないのに。

結婚を発表するとCDの売り上げが落ちるというデータが音楽業界にはあるらしいから、仕方ないことなんだとは思う。

バンドマンとかお笑いの世界も似たようなものだろうし、人気商売の永遠の課題なのだろう。

そして、俺自身が異性の推しを本気で応援したことがないから、みんなの気持ちを理解出来ないだけなのかもしれないし。
自分の考えが正しいとも思わない。


一つだけ言えるのは、我々シンガーソングライターは音楽であなたを幸せにしたいだけのはずなんだ。

それなのに音楽以外のサービスや対応、行いを求められ、それに応えなくちゃいけない現実がずっとある。

本当にしんどい。

みんな音楽を愛してるだけのはずなのに、どうしてこんなに歪んでしまうんだろう。
理想論だけではどうにもならない難しい問題なんだろうね。

それでも俺は音楽の力を信じたいし、諦めたくないと思う。

音楽を愛していて、音楽を極めたい人たちが、どうしてこんなホストやキャバ嬢みたいなことを続けなくちゃいけないんだろう。

こんなんじゃ胸を張って「俺はミュージシャンです!」って言えないってずっと思ってた。

ファンのみんなも音楽を心から愛してるよね。
それはわかってる。
どんな人も入口は少なからずそうだったはずだと思うよ。

それなのに、いつの間にかこの界隈の常識や距離感が、構造が、しがらみが、その愛を歪めてしまってないだろうか。
ライブに行くことが義務や任務になってないだろうか。

いつの間にか歪んだ愛で身を削ってないだろうか。
歪んだ愛に心すり減らしてアーティストや他のファンを蔑めたりしてないだろうか。
愛がいつの間にか呪いになってないだろうか。

このままでシンガーソングライターとそのファンたちが本当に幸せになれるんだろうかと、俺はずっと感じている。



小関峻の音楽を見つけてくれて、愛してくれたみんなへ、本当にありがとう。

どうか、ちゃんと幸せになって欲しい。

みんなの人生が少しでも、より幸福なものになるように、俺は自分が素晴らしいと思える音楽を追求して届けていきたいと思っています。
それしか出来ないし、それ以上はしちゃいけないんだと思う。

推し活よりも自分の本当の幸せを第一に追求して下さい。

幸せの定義はその人が決めるものだから、推し活が最上の幸せだというならそれはそれで良いと思う。

だけど、どうか身を削ってまで推し活をしなくていい。

結果的にそれで早く燃え尽きて、ライブに来れなくなってしまうことが何よりも悲しい。

どうか自分のペースで、末長くライブを楽しんで欲しい。

あなたが身を削ってアーティストを応援しても、そのアーティストを幸せになんて出来ないよ。

あなたが幸せに生きることが、アーティストにとっての幸せなんだと俺は思う。


「推し活」なんて言葉が定着して、応援することの美学が蔓延している気がする。

応援することは素晴らしいことだけど、応援は境界線を越えると、ただのエゴの押し付けになる。
その境目はとても難しい。

応援してくれることは本当に嬉しいし有難い。
応援して欲しいとも思う。

けど、応援したいではなく、音楽を聴きたいという気持ちだけで本当は良いと思うんだよ。
自分のために音楽を聴きに来る、それだけでいいんだよ。

そこをきちんと線引き出来ることが、健全な関係を築く第一歩になるんじゃないだろうか。

沢山ライブに行きたい人は無理のない範囲で沢山行けばいい。
だけど間違ってもライブに時々来る人にマウントなんてとっちゃいけないし、ライブに時々しか行けない人もライブに沢山行く人を馬鹿にしちゃいけない。
そこに優劣はない。



2026年を迎えて、今一度俺は本気で音楽に向き合いたいなと思ってます。

これまで俺もファンの顔色とか機嫌を伺っていた部分も多々あったけど、もうそういうのどうでもいいやと思った。

なんかもうこういうの全部終わりにしたいんだよね。
こういうの全部ぶっ壊したいんだよ。

俺たちこのままでは永遠にこのままだよ。
永遠に陽の目を見ないよ。

俺は俺の音楽を愛してくれる人をずっと大切にしたい。

もし、この文章で傷付いたり、悲しい思いをされた方がいたら、本当にごめんなさい。

俺、出来るだけ人を傷つけること言いたくないから、ずっと本音を噛み殺して生きてきたよ。

けど言いたいことを歌うのが仕事のミュージシャンなのに、言いたいことを言わないで生きるのもどうなんだろうなと思ったりして、こんな駄文を書いた。

今後はライブでも配信でも変なことしてたり変なこと言ってる人がいたら遠慮なく、お帰りくださいと伝えるよ。

アーティストもファンも本気で意識を変えないとこのシーンはずっと盛り上がらないままなんじゃないかと俺は思う。

この文章を読んでくれたあなたも今後、少しだけ応援しているアーティストや周りのファンへの接し方について考えてみませんか。

こういったことにSNSで言及するのは、これで最初で最後にします。

「音楽だけで納得させられてないから、音楽以外のサービスを頑張らないといけないのでは?
結局、実力不足なのでは?」
と言われれば、その通り。

だからこそ、我々はもっと音楽を磨かなくちゃいけない。
サービス精神を磨くよりも先に実力を磨かなくちゃいけないはず。
目先の小銭稼ぎではなく、自分の音楽を本当に求めてくれてる人に出会う努力をしなくちゃいけないし、その上で、音楽で今いるファンを納得させて幸せにしなくちゃいけない。


ここからは俺はひたすらに音楽をやりたい。

ライブが好きだから、俺の歌が聴きたいという人がいる限りはステージに立ち続けたいと思ってる。

ライブハウスが好きだし、そこで頑張る素晴らしいアーティストがもっと評価される時代が来て欲しいとずっと思っています。

音楽を愛してくれているあなたへ。

またいつかどこかのライブ会場で会えたら嬉しいです。

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