辺野古沖転覆事故について改めて整理してみる
昨日投稿した同志社国際高校の辺野古沖転覆事故についての記事が、予想以上に多くの反響を頂き驚いています。
当初は正確な情報が少なく、経験に基づいて推測で書きましたが残念ながら大半の指摘に関してその通りの結果となりました。一方で情報が入るたびに追記をしたことで分かりにくくなったことや、最新の情報をもとに改めて今回の事故について整理したいと思います。
1. 事故の時系列整理
現時点の情報を統合すると、事故の流れは以下のように整理できます。
10時10分頃
小型船「不屈」(約1.9トン・船長1名、生徒8名)が転覆
その約2分後
救助に向かった「平和丸」(5トン未満・乗組員2名、生徒10名)が転覆
同日夕方
調査中の海上保安庁の船舶も転覆(職員は全員無事)
結果として、短時間のうちに複数船が同一海域で転覆するという、極めて特異な事象となりました。
2. 事故が発生した要因(技術的整理)
現時点で合理的に考えられる要因は、単一ではなく複合要因です。
① 波浪条件と浅海域の影響
当時、現場海域には波浪注意報が発令されており、うねりは約1.5〜1.8mとされています。加えて、辺野古沖はリーフ(珊瑚礁)に囲まれた浅海域であり、寄せ波と反射波の干渉、海底地形による急激な波高変化が発生しやすい環境です。
いわゆる「三角波」や「磯波」が発生する条件が揃っていた可能性があります。海と陸上の一番大きな違いは自然環境に大きく左右されること。地形、水深、潮流、風向によって同じ風速でも全く波の立ち方が変わってきます。今回の転覆場所は悪条件が揃っていた場所だと感じます。
② 小型船の復原性限界
「不屈」はヤマハFW23カディ(定員10名)、「平和丸」も25〜27フィート級和船と推定されます。
このクラスの船舶は、かなり小型かつ軽量であり、復原力(復元性能)が限定的。横波を受けた場合、重量バランスが崩れた場合に転覆リスクが急激に高まります。私の30年以上の操船経験から言えることは、小型船でも船首方向から来る波にはある程度対応可能。しかし、追い波や横波は本当に怖い。特に20フィートクラスの船が大きな波を受けると湯船に浮かべるおもちゃのように揺れます。今回の転覆の様子が容易にイメージできる我々は本当に心苦しく思います。
今回の海域で素人の船長が小型ボートで修学旅行生を無許可で最大搭載人員で運航するなんて正気の沙汰ではありません。船を運航する上で最も大切なのは天候不良の際に出航を「諦める勇気」です。当社はボート免許教室、マリーナを運営していますが、受講生・オーナーにはいつも「諦める勇気」の大切さを口を酸っぱくしてお伝えします。船や飛行機は危険と両隣の乗り物であります。漢字で表すと下記のとおり陸上輸送と海上・航空輸送は別扱いと言えます。
運行:自動車・バス・電車
運航:船・飛行機
別にバスや電車が危険ではないと言っている訳ではありません。陸上も危険はあるものの、船や飛行機は更に厳しい安全基準が必要だということです。
③ 乗船状態(人的要因)
報道では両船とも定員に近い乗船状態でした。
具体的には:
・不屈:船長1名+高校生8名(乗員2名+旅客定員8名)
・平和丸:乗員2名+高校生10名(乗員1名+旅客定員12名)
この状態で乗客の片舷への移動、立位による重心上昇(トップヘビー)、救助行動による急激な重量移動等が重なるとリスクが増大します。特に「救助に向かう過程」で船体姿勢が乱れた可能性は高いと考えられます。
3. 現場海域の特性と当日の気象海象
辺野古沖の特徴は以下の通りです。
・リーフ地形による浅瀬
・潮流の変化が速い
・波の反射・干渉が発生しやすい
当日は北寄りの風(数m/s)であり、一見すると穏やかに見える条件ですが、外洋のうねり(周期波)や浅瀬での波高増幅が組み合わさることで、「見た目以上に危険な海況」になりやすい典型例といえます。
4. 疑われる法令上の論点
今回の事故では、制度面でも複数の論点が浮上しています。
① 一般不定期航路事業の登録
12名以下の旅客輸送であっても、有償・無償を問わず、第三者の需要に応じる場合は「一般不定期航路事業」の登録が必要です。本件船舶は未登録であったことが国も認めています。
登録事業者は安全管理規程を策定し、様々な法的基準をクリアする必要があります。海上運送法、船舶安全法、船舶職員及び小型船舶操縦者法など関係法令をクリアし、更には教育、訓練など様々な取り組みを実施して初めて運航事業を行うことができます。詳しくは下記の九州運輸局の資料をご参照ください。
② 船客傷害賠償保険
登録事業者には、1人あたり5,000万円以上の船客傷害賠償保険加入が義務付けられています。未登録の場合、おそらく個人向けのモーターボート・ヨット保険程度でしょう。
当社のような限定沿海区域を航行する旅客船は知床遊覧船事故以降、1人あたり1億円以上の加入が義務付けられています。正規業者は一般的に(一社)日本旅客船協会に加盟し、日本定航保全社の団体保険に加入しています。海難に精通した保険会社が万が一の際も迅速かつ専門的に対応をします。
③ 船長の遵守事項
船長は船舶職員及び小型船舶操縦者法によって個人、事業者に関係なく「船長の遵守事項」を守ることが義務付けられています。未登録事業者なので当然安全管理規程(運航基準)による発航中止基準は定めていないでしょうが、そもそも船長の遵守事項で気象海象の確認は必須です。それが出来ないレベルの方が修学旅行生を乗せて出航するのは理解出来ません。
5. 学校側の管理責任
本件は修学旅行中の活動であり、学校側にも一定の管理責任が求められます。具体的には実施プログラムの安全性確認、事業者の許認可確認、引率体制(教員の同乗有無)などです。
当社は毎年多くの修学旅行団体を受け入れていますが、旅行会社の担当者と一緒に学年主任や担任の先生方が1年前の同じ時期または夏休みに下見に訪れ、当社に安全確認を求めます。安全体制に疑問があれば色々と質問されますし、こちら側の万全の体制をお伝えすると安心されます。
だから、本日の学校側の記者会見を見ていて、金井船長に任せていた、登録をしている事業者or保険に加入しているか知らなかったと回答されていたのは衝撃的でした。普通絶対にあり得ませんし、我々は運輸局の許可書、保険加入書の写しも提出して初めて旅行会社と契約できますし、仕事の依頼を頂けます。とにかくあり得ないことだらけです。
6. 抗議団体側の運航体制
抗議活動に付随する船舶運航について抗議団体は、通常の旅客事業とは異なる運用、非商業活動としての位置づけであり、ボランティアだと言い張っていましたが、「第三者(学生)を乗船させる」時点で、無登録は白タク行為なんです。しかも1人数千円の謝礼を払っていたと学校が明言しましたので、完全にアウトでしょう。無登録かつ死亡事故を起こしましたので、かなり厳しい責任を問われる可能性は高いのではないでしょうか。
7. 旅行会社の立ち位置
今回の事案では、旅行会社は関与していないとされています。
一般的に旅行会社が関与する場合、繰り返しになりますが許認可の確認、保険加入状況、安全体制は詳細にチェックされます。知床遊覧船事故以降は特に厳しくなりました。旅行会社によってはツアー担当者が実際に試乗したことがない船はツアーに採用不可となっているくらいです。そのため、今回のような条件の船舶手配は通常ルートでは成立しにくい構造です。
それが許されたのは恐らく学校法人同志社が日本屈指の名門私立であり、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学を網羅する巨大学校法人であるからでしょう。旅行会社にとって超VIP顧客と言えます。だから、一般の高校では厳しく制限することが出来る今回のような抗議船乗船の手配も先生の強い意向がある場合は、なかなか止めづらい状況です。
旅行会社を擁護する訳ではありませんが、同志社相手に担当者が厳しい指摘をするのは正直難しいです。私も旅行会社の営業マンと全国各地の学校へ営業に行ったり、受け入れ準備を長年やってきましたから、綺麗事抜きに現実は指名から外されないよう相当に気を使って担当をしています。そもそも論として学校が無登録事業者の利用を希望したこと自体が問題なのです。
まとめ
今回の事故は、
・気象海象(波浪・浅海域)
・船舶特性(小型・復原性)
・人的要因(乗船状態・救助行動)
・制度面(許認可・安全管理)
が重なった複合事故である可能性が高いと考えられます。
海の事故は一つの要因ではなく、複数の小さなリスクが積み重なったときに発生します。今後、運輸安全委員会の調査により詳細が明らかになると思われますが、多くの正規許認可を持った小型旅客船事業者は安全最優先の運航を心がけていますし、知床遊覧船事故以降、常軌を逸するほどの安全基準の厳格化、法改正によるコスト増に苦しんでいます。加えてイラン情勢で燃料価格の高騰が追い打ちをかけており業界として危機的な状況です。
今回の抗議船のような団体と同列に扱われないことを切に願います。まだ17歳の女子生徒の命を奪うことになった本事故が相当異常なものであり、業界にとって本当に迷惑極まりない状況です。
改めまして、亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
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