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創業期、アパート寒いし、売れないし、暇すぎて、おっさん2人喧嘩ばかりしてた

カオナビの社長やってます、佐藤と言います。

おかげさまでカオナビは「タレントマネジメントシステム」のリーディングカンパニーとして、いまでは4500社以上の企業さまに使っていただいています。

そんなカオナビですが、ご多分に漏れず、創業期はなかなか売れず大変な思いをしました。

「タレントマネジメント? うちタレント事務所じゃないから」とか「顔写真並べて何がいいの?」みたいなことを言われたこともありました。

そんな状況から、何がきっかけで売れるようになったのかーー。

ちょっと昔の話になりますが、僕の経験がみなさんの参考になればと思い、思い出しながら語ってみたいと思います。

おっさん2人、暇すぎる

創業当初は、おっさん2人で原宿のアパートにこもってました

作ったサービスも売れないし。開発は知り合いに二束三文で作ってもらってたんですが、その人も本業が忙しくなるとこっちの開発をやってくれないんです。

だからおじさん2人が、原宿のアパートで超暇なわけです。

そのアパートが、もうすごい昭和で。1979年ぐらいに建ったビルだから、まずボロい。冬なんか、ドアとか窓とかから風が抜けるからダウン着てても寒いんです。ドアをガムテープで貼っても寒い。だから「もう帰ろうぜ」ってなる日もあって……。

寒いし、お金もないし、おじさん2人だし。そこからやっぱり喧嘩が始まりますよね(笑)。

出会いは真夏の鍋

おっさん2人というのは、僕と、共同創業者の柳橋(やなぎはし)。

通称ヤギ。

ヤギと会ったのは、渋谷の道玄坂の鍋の店でした。

当時は、僕が30とか31歳くらい(「おっさん」と言うには早いですかね)。シンプレクスという会社で採用とか人事の仕事をやっていました。

「起業しなきゃ」とは思ってたんですが、何せアイデアが浮かばない。

そこで知り合いのヘッドハンターさんに、彼スガイっていうんですけど、彼に「申し訳ないけど、僕おごるから、面白そうな人いたら紹介してくれない?」って言ったんです。「起業したいから飲みに連れてってくれ」と。

そしたら、あるときスガイが「おい、寛之。すげえ面白いやつがいるから、ちょっと偏屈だけど会ってみる?」みたいに言ってくれて。

で、今でも覚えているんですけど、呼び出されたのが渋谷の道玄坂の。真夏だったんですけど、鍋だったんです。

真夏に鍋。

「スガイちゃん、なんで鍋なの? 今日」とか思いながら。そこで先に個室でハイボール飲んでたのがヤギでしたね。「あっ、こんにちは」みたいな。「コイツ、すかしてんな」と思いましたね。

もう僕が入ったときは彼、ハイボール飲んでましたね。いや、これはあいつとよく議論になるんですけど「それは事実誤認だ」ってヤギは言ってるけど、俺は絶対あいつ先に飲んでたと思います。

ヤギのこと

で、ヤギが何者かというとですね。

僕が聞いた限りで言うと、北海道の釧路から出てきて、理科大に入って、理科大時代の先輩が「アットコスメ」創業者の吉松さんなんです。吉松さんが表参道でアットコスメを始めたときにバイトしてたのが、ヤギ。

吉松さんはアクセンチュア辞めて、アットコスメ作って。ヤギも理科大からアクセンチュア行って、吉松さんの後輩になって。アクセンチュアの内定者時代にバイトしてたのがアットコスメなんです。たしか2年ぐらいアクセンチュアで働いて、アットコスメに移ったんですね。

ヤギはしばらくして独立して「ジャパンオペレーションラボ」という会社を大学の我究館っていう就活の仲間たちと作ったんです。

なんですけど、まわりは早々に辞めてしまって、ひとりぼっちになって。事業も定まってなかったからオフィスも引き払って、東中野あたりのマンションに1人で引きこもってた。そのときに僕と出会ったわけです。

なので多分、当時のヤギは「シンプレクスの人材開発の責任者が来るから仕事とかくれるのかな?」くらいの感じで来てたんだと思うんですよね。

その日に意気投合。起業が決まる

一方で僕は「起業したい」と思ってるわけで。

鍋食べながら「こういうことが必要だと思ってる」みたいな話をしたら、ヤギが「いやいや、待て待て。それ、俺が考えてることだから」みたいに言い出して。いきなりバシーンって資料を出してきたんです。

それがアメリカの調査資料で「タレントマネジメントシステム」についてのものでした。「これだよ、これ」みたいな。

「ただ、このままじゃ売れねえと思うから、俺らで作ろうぜ」みたいなことをその日に話したのを覚えてます。初めて会ったときにそこまで話が進んだんですよね。

当時は僕も人事の仕事をしてて、よく困ってたんです。

たとえば「銀行のプロジェクトを香港でやるから、英語が喋れて、債権の業務知識がある新卒を10人選んで」みたいに言われるわけですよ。

なんだけど、そのデータベースが人事部にないから、各現場のパートナーに聞きに行くんです。みんなのTOEICの点数なんて知らないから、入社の履歴書とか引っ張り出してきたりして。

そうやって、ようやくリスト作って4日後とかに持っていくと、社長から「遅いなあ、もう決めちゃったよ」って怒られる。「ビジネスはスピード勝負だから、俺が言ったらその瞬間に出してよ」とよく言われていて、すごいムカついてたんです。

そんなこともあって「社員の情報が整理できるようなサービスって作れないのかな?」って思ってたときに、たまたまヤギとそういう話になって。もうその日に「一緒にやろうぜ!」みたいになりましたね。ちょっとドラマチックに言ってますけど、それだけはマジで覚えてますね。

だからよく後輩に相談されるんです。「起業ってどうやってやるんですか?」「どういうタイミングでするんですか?」って。でも、本当に面白いと思ったら、ワクワクしちゃってやっちゃう。そんな感じなんですよね。

「カオナビ」はこうして生まれた

「タレントマネジメントシステムで起業しよう」というのは、ヤギと出会ったその日に決まりました。もうバチッとハマった感じ。

僕自身もこういうビジネスをやりたいと思ってたし、ヤギも思ってたんでしょうね。

ヤギは「やっぱ会社やるならプロダクトがないとな」みたいなことを考えてた時期だし、僕も「人材開発領域✕IT」って可能性ありそうだなって考えてた時代だったので。

さて、そっからどうしたか?

もう15〜16年も前だから時系列がちょっとあやふやなんですけど……当時ヤギはIT導入コンサルとか人事制度を作るみたいなバイトで食いつないでたんですよ。そこから一緒に起業する話になったから「じゃあ、お金のある会社ってどこだろう?」って考えたら、「(僕が今いる)シンプレクスじゃね?」みたいな話になって。

そこでまずは、ヤギにSESとしてシンプレクスに人事のヘルプで来てもらうことにしたんです。人事まわりのデータ整理みたいなことですね。

で、当時の管掌役員の方には大変お世話になったんですが、その方に「こういう目的があって、ヤギとシンプレクスのデータを使って、タレントマネジメントの構築ができないかなと思ってまして」と言ったんです。つまり、シンプレクスをテストケースにしながらプロダクトを作っていけないか、と。

そうやってちょっとずつプロダクトの原型を作っていった。

僕はといえば、サラリーマンの仕事をしながら並行して、週に1〜2回渋谷のサイバーの裏ぐらいの飲み屋とかルノアールでミーティングして。あと、いろんな会社を回ったりしながら、やろうとしているサービスの意見を聞いたりしてましたね。最初の半年ぐらいはそんな感じで。

ちょうど東日本大震災があった頃ですけど、そんなことをやってました。

そうこうしてるうちに僕もちょうどシンプレクスを辞めることになって。そこから原宿のアパートで2人でいたのが、その年の10月ぐらいの話です。

サイバーエージェントの「配置会議」

当時はサイバーエージェントが「配置会議」っていうのをやってたんです。

でっかい模造紙に顔写真を貼って「このチーム、新卒多いね」とか「ここ、女性比率高すぎるね」「年齢が高いね」とか検討する会議をやっていた。

で、「これをシステム化してくれたらお金払うよ」って、当時のサイバーの人事の曽山さんが言ってくれて。

それでまずできたのが「シャッフルフェイス」っていうプロダクトでした。

これは顔写真がずらっと並んでいて、データをもとに顔写真を並び替えられるサービス。サイバーには「3年滞留ルール」というものがあったので、3年滞留してる人には赤ランプがつくようなシステムを作った。

これがカオナビの原型になるわけです。

さらにそこから「顔写真をクリックしたら個人のデータに飛べるようにしたいね」と言って、そういう機能を追加して。その「シャッフルフェイス」と社員データの「プロファイルブック」が事業開始の4月前後に出来上がってた。そんな記憶ですね。懐かしいな。

ヤギが作って、僕が売る

当時は基本、ヤギがプロダクトを作るエンジニア。僕がいろんな会社とコミュニケーション取りながら、という役割分担でしたね。

ヤギが作って、僕が売る。

ぶっちゃけ言うと、最初って知り合いしか買ってくれないんですよ。僕、ベンチャー界隈の人事の責任者は知り合いいっぱいいたんで、知ってる会社回って。

あと、テレアポですね。リスティング広告も「月10万円だけなら使っていい」みたいに2人で決めてやってました。もともと僕マーケの人間じゃないので、アドワーズの画面とか見たこともないのに、月10万だと代理店も相手にしてくれないんで自分で設定してやってましたね。

ある日、1日で10万円使ってヤギにブチギレられたこともありました。

「おまえ、給料から天引くぞ!」ってあいつキレてたけど、そもそも給料が手取りで30万ぐらいだったから「死ぬからやめてくれ」みたいな。そんなことやってた時代ですね。

一方で追い風は吹いてたんです。

けっこういろんな会社が「タレントマネジメント」みたいなソリューションを求め始めてる状況でした。

今もサイバーエージェントは先進的なイメージがありますが、当時も「サイバーで使ってるんですよ」とかっていうと、みんなすごい食いつくんです。「サイバーってそういう会議やってんのか!」みたいな。「だから育つのね!」とか「勢いあるのね!」みたいな。

「カッコよくても売れないよ」

それから、ポイントはサービス名ですかね。

最初は「次世代型人材マネジメントシステムなんちゃら」みたいなカッコいい名前とかいろいろ言ってたんですけど、あるときサイバーの曽山さんに「カッコよくても売れないよ」みたいに言われて。

当時サイバーでは「4母音」の言葉が流行ってたんです。たしか「ジギョつく」とか「キャリチャレ」とかですね。

だから「顔写真並んでるから『カオナビ』でいいんじゃないの?」みたいなことを曽山さんが口走って。僕らも「それでいいんじゃないの?」って思って。っていうのが「カオナビ」というネーミングの所以ですね。曽山さん本人は忘れてますけど。

「カオナビ=ラーメン二郎」?

ヤギと2人で喧嘩もしてましたけど、本質的な話もしてたんですよ。

よく話してたのは......「ラーメン二郎」ってあるじゃないですか?

昔は「カオナビって何なんですか?」って言われることがほんと多くて。「グループウェアですか?」「人事システムですか?」とか、いろいろカテゴリーを聞かれるわけですよ。

そのときに「タレントマネジメントシステムです」とか言っても「ふざけてんの?」みたいになるわけです。「芸能関係?」みたいな。

だから「これはこういうものです」って言わないといけないんだけど、難しいよねみたいな話をしてて。

「でも、それでいいんじゃない? カオナビはカオナビでしょ?」ってあるとき話したんです。

なぜならラーメン二郎が好きな人って「今日ラーメン食べたいな、二郎にしようかな」じゃなくて、最初から「ラーメン二郎か、ハンバーグか」で選んでるじゃん、みたいな。

だから「カオナビはカテゴリーなんだ」と。

それぐらいラベルとか言語でブランド認知を浸透させるってことが大事なんだ。言葉って大事なんだ、と。おっさん2人で暇だから、そんな話ばっかずっとしてた記憶ありますね。

世の中は「言語空間」が規定する

今もよく社員に「いきなりモノを作るな」ってことを言ってます。

まず言葉ありき。

サイトとか営業資料のキャッチコピーとかフレーズをまず考える。「こんなことができます」っていうコピーを作った上で、その機能を作る。この順番でやろうねっていうのが僕らの思想です。

多くのIT企業って「こんな機能がありますよ」ってところから資料作ったり、広告作ったりしがちです。逆なんです。世の中は言語空間が規定するわけだから、実際の「モノ」自体よりも「言語」のほうが大事。

たとえば、これ、もう一生議論してたんですが。

「顔と名前を一致させるシステム」なのか「顔と名前が一致しないを解決するシステム」なのか。これって大きく違うよね、ということ。

僕らは当初、経営者がターゲットだったから、経営者が発する言葉を考えないといけないわけです。そうすると、顔と名前が一致するときは何も言葉を発しないわけで、一致しないときだけ言葉を発するわけだから「顔と名前が一致しない」が正しいよね、と。

広告やサイトのコピーが、ペルソナ自身が発する言葉になっていないとダメだよねという話です。だからカオナビの最初の売り文句は「顔と名前が一致しないを解決するカオナビ」にしました。

当時はこの一文で40時間くらい議論しましたかね。暇だから。

モノ自体が大事なんじゃなくて、モノを切り取っている言語空間が大事。お客さんはモノを見て認識するんじゃなくて、そこについているラベルとか貼られた言葉を見て「それが何者か?」を理解するわけです。

イヌイットの人たちは「雪」を表現する言葉が何十種類もあるらしいです。日本は10種類ぐらいしかない。でも、イヌイットの人も日本人の僕も、見ているものはきっと一緒ですよね。雪という見えてるものは一緒なんだけど、見えてる事象自体を「言葉があるか/ないか」で違う捉え方をしてる。

だから、ITとかサービスも「どういう言葉で切り取るか」ということのほうが、実際のモノよりも実は大事なんです。

サービスの認知を広めるためにはどういう文言がいいかの議論は永久にやってた気がする。面白かったですけどね。その頃は貧乏だけど、楽しかったっちゃ楽しかった。それだけはヤギとすごい性格合いましたね。それだけじゃないけど、そこはものすごく2人でずっと話してましたよね。

人間はつまんないシステムを使わない

あと、UI(ユーザーインターフェース)もこだわりました。

「顔写真が並ぶ」といっても、細部の調整で使いやすさとか楽しさは変わるわけです。だからヤギと2人で、顔写真どうしの幅とか、縦と横の空きのスペースが何ミリがいいかとかまでやってました。写真共有サイトの「フリッカー」っていうアプリを参考にしたりして。

あと、よくヤギと話してたのが「BtoBのシステムってマジ使われてなんぼだよね」みたいな話で。当時、基幹系のシステムとかBtoBのサービス見ても、ワクワクするようなものがなかったんです。

なんだけど、ヤギって「アットコスメ」というBtoCをやってたから「つまんないシステムを人間が使わないなんて当たり前じゃない?」みたいなこと言ってて。それ、すごく共感したの覚えてますね。

だから、BtoBのシステムもBtoCと同じように、使い勝手が良かったり、直感的だったり、使いたくなるってどういうことなのかっていうことを入れていかないと使う人に失礼だよねって。

だから顔写真のマージンこだわったり、顔写真がガーンって動いてピッてスワイプすると入ったりするみたいなのは、すごいこだわってやってました。

やっぱ「顔写真」って強いんです。

顔写真見ると興味わくじゃないですか。脳科学者の中野信子さんが言ってたのは「顔写真を見ると、実際に会うのと同じくらいのドーパミンが出る」と。顔写真と名前が一致するだけでもその人を敵と思わない。そんな構造が人間の脳みそにはあるらしいんです。

だから、やっぱ使いたくなるには、顔写真がどれだけはっきり写ってるかとかどれだけ見やすいかっていうのも大事だね、みたいな話をしてたのを思い出しました。

「受注取れたぞ」「断ってこい」

話、長いですかね?

カオナビが軌道に乗るまでの話だけさせてください。

とにもかくにも僕は営業なので、稼がないといけないわけです。

でも、例えば「〇〇っていう大企業の契約が取れそうだ」というときに、先方からは「この機能とこの機能作ってくれたら1億払うよ」みたいに言われるわけです。当然僕は食いつきますよね。

で、帰るじゃないですか。「ヤギ、やったぞ!」みたいな。「すげえでかいぞ!」「MRR1000万だぜ!」みたいな。(ちなみにMRR1000万って、今のうちでもそんなでかい案件ないんですけど。)あるアパレルメーカーがそう言ってくれたんです。「その代わりこれとこれをいついつまでに作ってほしい」と。

そこで僕が「じゃあ作ろうぜ」みたいなことを言うと、もう3秒でキレるわけですよ、ヤギが。「うるせえな、おまえ。断ってこい」みたいな。「客に言われたもん作ってどうすんだよ」みたいな。

続けて言うんです。

「それ、ちなみに他の1万社とか2万社で売れるのか? その機能」って。「そこまで考えて『うん』って言ってきたのか?」と。僕としては「いやいや、正しいんだけどさ。正しいんだけど、おまえさ、1000万だよ」みたいな。

まあだから、そういう喧嘩ばっかりでした。

マーケとかも「こう打ち出してるけど、これ効果が出てないけど、どうなってんだ」って言われたり。僕からすると「なら、おまえも考えろよ。そんなことより、おまえ早く作れよ」という話で。まあ、お互い自分の領域に必死になってる状態だったんでしょうね。

ヤギが社長で本当によかった

いろいろ喧嘩はしましたが、結論から言うと、ヤギが社長で本当によかったと思ってますね。最初の頃、社長をどっちがやるか議論して、僕がやってもよかったんです。なんだけど、ヤギになってもらった。

いろいろ議論したんですけど、ヤギが社長のほうがいいんじゃないかって。

そうじゃなかったら、いいプロダクトはできなかったと思います。最初から僕が社長をやっていたら、SIerとかになってたかもしれない。仕事を取ってくるのは上手だったと思うから、ごちゃごちゃカスタマイズしている会社になっただろうなって。

頑固でプロダクトにこだわりがある人が社長だったことがよかった。

僕が社長をやっていたら、いっぱいお金くれるところからどんどん仕事取ってきちゃってた。それでエンジニアに「悪い、頼む、作ってくれよ」とかって言うじゃないですか。でも逆だったから、案件取ってきてんのに「いらねえって言ってこい」とか言われて……いや、話してたら、今もムカついてきたな(笑)。そんな喧嘩が多かったですね。

某アパレルECの会社に営業行ったときも、幕張まで2人で行ったんですけど、あまりにヤギの態度が悪かったから帰りの電車ですげえムカついて。なんかすげえ文句言ったら、ずっと隣でゲームやってて、幕張から原宿まで1時間半ぐらいずっと無言。きっと彼は覚えてないでしょうけど、だいたいこういうのはキレたほうが根に持つんです。

でも、そのヤギの判断が中長期的にはよかった。そこで1000万取ってきて、短期的には儲かるかもしれないけど汎用性のあるプロダクトにはなってなかったと思います。

だから、スタートアップの経営者って、僕の持論ですけど、絶対偏屈なほうがいいんです。世の中にないものを生み出すんだから。世の中の人が「それいいね」とか言ってるものって、もうあるはずだし。

世の中の人が100人反対することのほうがたぶんスタートアップとしては正しくて、100人反対することをやるっていうことは、相当の信念があって偏屈じゃないとやんないっすよね。

だから変わってる人が多いですよね、ITベンチャーの社長ってね。僕とか普通なほうだから。

ある機能をつけたら売れるようになった

そんな感じでプロダクトができ、サービスの認知も広まり始めてたんですが、もうひとつ「それにお金を払ってもらえる」という壁があるわけです。

その壁を越えたのは、ある機能の追加がきっかけでした。

僕は、某名刺管理サービスの人事トップの役員の方と仲良くさせていただいてたんですが、その方が「そういえば、寛之、カオナビ使いたいんだよね。そろそろうちもでかくなってきたから」みたいに言ってくれて。

「でも、コスト的に言うと、顔と名前と組織図だけだと予算出ないんだ」みたいな。ちょっと「評価」のところを何とかしてほしいって話をされたんです。そこでその会社と一緒に作ったのが「スマートレビュー」っていう、後にうちの目玉になる評価機能です。

その役員の方は「評価の機能があると、Excelで処理する工数とか何人で何時間かかるかとかが定量的に説明できるから、導入を通しやすいんだよ」と言ってくれて。それでヤギも連れていって、3人でガンガン議論して作ったのがスマートレビューなんです。

ヤギは本当は作りたくなかった

例のごとく、ヤギは本当は作りたくなかったんです。

以前から「評価システム作ってくれたら買うよ」っていうお客さんは何十社もありました。僕も毎回言ってて。言うたびに「そんなのいらねえよ、Excel回しゃいいだろう」とか言ってたんですね。

だから僕は「おまえ、わかんねえやつだな」みたいな。「顔写真並べて検索だけだと、みんな金払わねんだよ」みたいな。ヤギは「でも、払ってる会社あんじゃねえかよ」とか言うんだけど「あるんだけどさ。儲かってねえから」って言い合いになって。

さすがにしばらく経ったら開発に少し余力が出てきたこともあって、なんとか作ってもらったんですが。

ようするに「評価機能はミッションクリティカル性が高いから開発力がないときにやると、もうその収拾でいっぱいいっぱいになっちゃう。だからあんまり手を出したくなかったんだ」って後にヤギは言ってましたけどね。

それはその通りなんだけど、こっちは「売れるのになんで作んねんだろう」って思って。だから喧嘩ばっかりしちゃうわけです。

コアのバリューはデータベース

本質的なこと言うと、最近のバリュープロポジションの議論なんかでもそうなんですけど、僕とヤギは「データベースさえあればいい」って当時から言ってましたね。

基本的には、人の才能、個性が一元化されるデータベースがあればいい。検索とソートさえあれば「どんなやついるんだっけ?」「あいつどんなやつなんだっけ?」「どういう組み合わせなんだっけ?」ってできるよね。辞書があればできるんだから、っていう発想。

それ以上の機能をヤギは本当に作りたくなかったんだな、って今は思います。後になって、評価とかワークフローとかエンゲージメントとか、そういうデータを集める、いわゆる「SaaSのオペレーション機能」というものがコモディティ化してきている、と15年先の今の僕は叫んでるわけで。

本質的にはデータベースに入る「データの固有性」が大事なんです。AIが出てきて「SaaS is Dead」とか言われているわけだから、15年前から本質的なところは変わってないっちゃ変わってない。

あと、これは2人共通して思ってたんですけど、いっぱい機能を作ると使いづらくなる。それは当時からずっと言ってましたね。ガチャガチャしちゃうと結局使いづらくなるから、機能がいっぱいあってもみんな使わないじゃんってことは、ずっと言ってて。

だから、ヤギは開発する人間としてやっぱ偉大でしたね。ただ当時は、もうムカついてしょうがなかったとしか言えないな。「せっかく売れんのに」みたいな。

そのスマートレビューを入れたのが2013年とか2014年とかですかね。やっぱ売れるまでに2〜3年はかかってんですよね。

世の中の「1.5歩」先をいけ

プロダクトが飛躍していったきっかけは、そこらへんが大きいですよね。ちょうど「働き方改革」も叫ばれ始めて、それも追い風になって。

大事なのは「パープル市場」を狙うことなのかもしれないです。

どういうことかというと、タレントマネジメント自体はまだまだ知られてなくてブルーオーシャンだったんですけど、「評価のワークフロー」みたいなものは顕在化してるニーズです。当時はみんな、Excelとか紙で評価をやっていたんですね。

別にうまいこと言う気は一切ないですけど、完全なブルーオーシャンだとグロースしないんです。とはいえ今度は完全なレッドオーシャンだと価格競争にしかならない。

だからブルーにちょっとだけレッドが入る、パープルみたいな市場。未知の市場にちょっとだけ顕在ニーズが引っかかったとき、売れていくんです。全く知らない、全くピンとこないものだと使われない。けど「ちょっとわかる部分」があると使われる。そのバランスがちょうどいいことが大事で。

今思い出したんですけど、新卒で入ったリンクアンドモチベーションのワークスタイルのひとつに「世の中の1.5歩先を行け」というのがあったんです。今あるかわかんないんですけど、当時僕がいた頃はあったんですね。まさにそういうことですよね。

2歩だと先に行き過ぎてる。1.5歩。ちょっとだけ先。言葉にはできないけど、モノを見せられたら「あー、それが欲しかったんです」と言える。

「スマートレビュー」ができたことで、ちょうど世の中の1.5歩ぐらいになったんでしょうね。かつ、「働き方改革」っていう世の中の流れも来て、サイバーみたいにすごく人材に夢中なわけじゃない会社もこういうものを使うべきなんだ、みたいな流れが来たのが、2014年とか15年だったんじゃないかなと思いますね。

喧嘩したからこそ、いまがある

僕のビジネス的なスキルと、ヤギの開発スキル。両者がせめぎ合ったからこそ「1.5歩」に落ち着いたと言えるかもしれません。

今はもう変えちゃいましたけど、うちのバリューに「コンフリクト」って言葉があったんですが、それはそういうイメージでずっと言ってたんですよ。

うちのボードメンバーは、僕が経営会議でヤギと言い争いになってるところを見たことあると思うんですけど、やっぱり僕は収益を担ってるから売上を上げないといけないし、利益を上げないといけない。ただ、でもそれだけじゃダメだよね、というのも真実だと思うから。

だから僕は、意見が違うほうがいいと思ってるんです。

僕とヤギは、常に違う価値観と違う角度で言っていたから昇華できた。だから、よく喧嘩してたとか仲が悪いとかは会社では有名な話ですけど、半分ギャグですよね。そのほうがいいと思ってるんです。

今はヤギがいなくなって、僕が創業者として1人になった。それって正直良くないなとは思ってて。今度は経営の取締役とか執行役員とか本部長たちと「コンフリクト」する状態のほうが昇華していくだろうな、経営としては健全にグレードアップしていくだろうな、というのはすごく思います。

「誰とやるか」より「何をやるか」?

会社って「誰とやるか」というのはやっぱり僕は大事だと思っていて。ヤギっていう人間を今でもリスペクトしてますけど。

あるとき、僕が「ヤギとやれてよかった」みたいなちょっと女々しいこと口走ったんですね。そしたらヤギが「そんなん知らねえよ」って。「大事なのは何をやるかだろう」みたいな。「誰とやるかって、別におまえじゃなくてもいいよ」って言い返してきて。まあ、その日も大喧嘩でした。

「そんなはっきり言うんじゃねえよ、おまえ」みたいな。じゃ「おまえとやれてよかったとか一生言わねえからな」って。それ以来、未だに言ってないです。あいつの送別会でも言わなかった。ヤギっぽいでしょ? 知ってる人はわかると思う。

鍋のときのヤギの第一印象は「ちょっとすかしてんな」ってくらいでした。すかしててでけえな、みたいな。でも、ぜんぜん嫌だなとかではなかったんです。話が超合うなって。よく喧嘩してましたけど、変な話ですけど、今でもいちばん仲がいい。ヤギにとって、大学とか高校とかの友だちを除いて理解してくれてる人は僕だっていう自信があるし、僕のことをいちばん理解してるのはヤギだって、そんな自信はありますけどね。



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編集:  WORDS

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