Olive挽歌
本棚の整理をしようとしたら、映画・音楽ライターの山崎まどかさんが、雑誌"Olive"全盛期とともに青春を過ごした日々を綴った『オリーブ少女ライフ』と、最初は読者、途中から女子高生ながらライターとして関わった作家の酒井順子さんがかつての読者たちであるオリーブ少女たちの現在を追いながら、"Olive"のコンセプトの推移をシニカルな順子節を炸裂させつつ綴った『オリーブの罠』と、"Olive"に関する書籍から本棚から転げ落ちてきたので、掃除を忘れて読みふけった。
いずれも、片や全盛期、片や一度休刊し、リニューアルしてからという最晩年期とはいえどちらも"Olive"に連載を持っていたのは興味深い。酒井さんがオリーブ時代から培われたシニカルな視点と自虐の匙加減で"Olive"と"Olive"を愛し、翻弄された少女たちを分析、考察していたのに対し、山崎さんは地方のオリーブ少女からすれば歯軋りしたくなるようなバックグラウンドに裏打ちされた"Olive"と共に歩んだ少女時代、そして培われた感性による現在という自分語りで"Olive"を語っているのも対照的だ。山崎さん当人からすれば人の気も知らないであれこれ言うなと吠えたくなる複雑な家庭環境なのだろうが、端から見るとフランソワーズ・サガンや海外のジュブナイル小説のような家庭環境と、お金がなくてDIY精神を駆使しておしゃれに勤しんだ地方や一般家庭のオリーブ少女たちに比べれば恵まれた財政環境にあった山崎さんが綴る"Olive"は甘酸っぱくもどこかひりりと痛く、特徴的だ。
お洒落したくて背伸びしたり、メキシコ留学体験記が出版され有頂天になるもクラスの主流派から白眼視されたり、ハンサムな上級生に好かれたばかりに彼を好きだった親友を失ったりするエピソードは「ぼやきのふりした自慢かよ!」と言いたくなる箇所もあるが、青春時代を一喜一憂した傍らに"Olive"があるからなのか、"Olive"が推奨したファッションやトレンドとかがリアルに息づき、感じられるは山崎さんの文章の特色だ。
また、刊行された留学体験記が、マスメディアに取り上げられ、山崎さんはそれを機に瑞々しい感性を持つ未来の文筆家扱いされ、当時の最先端だった文化人たちに会えるくだりがあるのだが。オタク評論家として80年代末期から90年代にかけて、オタクへの悪評を助長させたとして当時のオタクたちから忌み嫌われていた故・宅八郎氏が本名で執筆活動をされていた頃は、新・新人類としてもてはやされたお洒落かつかなり尖った文化人だったことを知れたのは貴重な資料であるし、オタク語りをする際の氏に抱いた、オタクを標榜している割には特定のコンテンツを上滑りしか語らない違和感の理由がわかったのは少し嬉しい発見だ。
個人的には、エッセイの最後の部分に書かれた山崎さんの年下の友人の話には驚いた。なんせ、イカ天こと『イカすバンド天国』からデビューしたガールズバンド、マサ子さんのメンバーだったカナンさんなのだから。イカ天を眠たい目を擦りながら見ていた私には、マサ子さんの大正琴担当だったカナンさんの学生時代のエピソードが知れたことは嬉しい副産物であったし、彼女の訃報を知ったくだりは山崎さんの虚脱感が文からひしひしと伝わり、こちらもしばらくページをめくる手が止まった程だ。
巻末の、山崎さんが00年代初頭、休刊からリニューアルし、03年に再休刊する間の"Olive"末期にて連載していた小説、「東京プリンセス」は、個人的には「こんな女子大生いてたまるか!やだなあ」とツッコミを入れたくなるようなサブカルチャー拗らせ女子大生による00年代版なんとなく、クリスタルといった内容だが、それを差し引いて余りあるくらい、まだ90年代のサブカル色の名残ある連載当時の東京の町並みや今はもうない実験的な店がビビッドに描かれているのを読むとこの頃の東京を訪れたくなるとため息つきたくなる。全体的にやや自己陶酔が鼻にはつくが、当時の、都内の裕福な層出身であるオリーブ少女の生態を知れたのは有り難い。
一方、酒井順子さんの『オリーブの罠』は、ライターとして全盛期〜過渡期"Olive"に関わってきた当事者だからなのか、かなりシニカルだ。
1993年~1999年に10代を過ごした私にとって"Olive"は、どちらかというとコアな雑誌だった。偏見もかなり混じっているのを覚悟で書けば、リサ・ローブみたいな眼鏡かけたり、輸入もののベレー帽を被り、全身をコム・デ・ギャルソンで身を包んで地元ミニシアターや凝ったセレクトショップにたむろしてたり、巷の女の子たちが夢中なSMAP、TOKIO、KinKi Kidsといったアイドルグループや、GLAY、PENICILLIN、LUNASEA等のビジュアル系バンドでなく、小沢健二や小山田圭吾等の渋谷系アーティストをアイドル視しているような女の子が小脇に抱えている雑誌だった。ちなみに、90年代中期、地元の学校の主流派の女の子は皆、CutieかCawaiiかZipperのいずれかを読んでいて、吉川ひなのを崇拝レベルで褒めそやし、広末涼子やともさかりえを憎々しげにdisっていた。
しかし、「オリーブの罠」という言葉に導かれて読んでみると、なかなか興味深い。ガーリーな、ふわふわした服装に身を包みながらも、マガジンハウス社に煽られるように個性を追及したり、奇抜なお洒落に熱中したりする様は正直、痛々しくも苦笑いしてしまう。
酒井さんはオリーブ的なおしゃれを追及しようとするも実家のザ・昭和の日本家屋な建築様式やお財布の中身から躊躇してしまった、オリーブ少女時代を乾いた自虐を交えながらシニカルに綴り、マガジンハウスや当時の左寄り文化人やその卵たちの言葉に翻弄されたかつてのオリーブ少女たちの当時の突飛な行動や現在の状況を辛辣かつ小さじ二杯の慈しみを込めて浮き彫りにした。また、当時、酒井さんが"Olive"誌に連載していたオリーブ少女の面接時間の、「あの人は今?」版という元オリーブ少女の面接時間というかつてのオリーブ少女だったアラフォー、アラフィフ女性たちにインタビューするコーナーが本書に掲載されているが、インタビューを受けた女性たちが"Olive"が掲げた「丁寧な暮らし」を今もなお実践していて、オリーブ少女の残り火をちらつかせているのに対し、"Olive"の読者だったという男性の証言は柚木麻子さんの『伊藤くんAtoE』に出てきた伊藤を思わせる、ウィンプスター(おっとりした文化系の皮を被った隠れ男尊女卑者)的言動もさることながら、オリーブ少女への熱が醒めると途端に「不思議ちゃんのために人生を捧げてきたのか」と身も蓋もない言葉で切り捨て、伴侶として選んだのはオリーブ少女と真逆のキャリアウーマン系というから無情さに頭を抱えたくなる。座談会形式ならば、当該男性はかつてのオリーブ少女たちから袋叩きにあっていただろうと余計なことを思ってしまう程だ。
しかし、表紙や誌面レイアウトとふわふわ感が溢れて気恥ずかしくなるが、古本屋でオリーブを見つけたら買ってみてみようかなと思わせるのだからやはり酒井さんは巧みな言葉と批評眼の魔術師であるなと痛感する本であった。
さらに、最近知り合った知人複数名から全盛期"Olive"について教えていただく機会があり、興味と80年代ポップカルチャー探索から84年〜86年くらいの"Olive"をヤフオク等でちまちま取り寄せた。
中でも、1985年10月号は白眉でサブ特集ながらもっと知りたいアツキ・オオニシのことは、2002年頃に亡くなられた、80年代当時の時代の寵児、大西厚樹氏が手掛けた大胆な薔薇模様や不思議の国のアリス柄のワンピースやブラウスといったガーリーかつ童心に返ったような服の鮮やかさや煌めきにこちらも目を輝かせた。

時代の最先端感がひしひし伝わるなぁ。
しかしながら、いただけないなあこれと思うプチ特集も……。
今となっては、花田虎上氏の最初の奥様というイメージが強くなってしまったものの、80年代の"Olive"を語る上で絶対外せない存在である読者モデル、栗尾美恵子さんが田中康夫氏と流行りのデートスポットを周るという写真記事だ。
その記事の中で田中康夫氏が小説を寄稿しているのだが。
率直に言って気色悪い。
幼気な美少女・美恵子たんは僕の大人の魅力に惹かれつつあるようだ。へへん。まだおぼこいこの子が知らないデートスポットを知っている僕だからね。美恵子たんは僕の紳士的なエスコートにメロメロ?お家の門限さえ厳しくなければ、美恵子たんは僕の手で大人の階段を上れたろうになあ。ちっ!という田中氏の内心が充満していて吐き気を催しそうになったくらいだ。さらに、田中氏の中での栗尾さんは『ルパン三世カリオストロの城』のクラリスもかくやな無垢な美少女のイメージで描かれているのも寒気がした。
栗尾さんの内心や如何にと心配になった程である。

門限厳しくて良かったね、栗尾さん。
さらに、小説の冒頭でデートの余韻を感じながら栗尾さんがファミリーサイズのアイスクリームをこっそり冷蔵庫から取り出して摘み食いするくだりがあるのだが、アイスクリーム摘み食い描写が非常に悍ましく、アイスクリームジャンキーなダイエッターですら1週間はアイスクリームへの食欲が失せるのではと思うくらいだ。
『なんとなく、クリスタル』は80年代の空気を感じるためにたまに読んだりしていたし、90年代初頭は文化人ぶりたくて背伸びしたいが為に"CREA"という雑誌にて連載されていた浅田彰氏との対談記事『憂国放談』を読んだりと、田中康夫氏の文章にある程度は触れていたものの、この記事内の小説での、田中康夫氏の、『あしながおじさん』のジャーヴィス・ペンデルトン気取りかよ、身の程をわきまえてくれ!と叫びたくなる文体は暫く田中氏の文章に拒否反応を起こしそうになった。
"Olive"は思わぬ副産物を私にもたらしてくれたのであった。
(文責・コサイミキ)
