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五月祭騒動見聞録/個人抗議行動記録

この記事は、2026年5月16日の東京大学第99回五月祭(1日目)に関するものです。前半は、一人の学園祭参加者がどの時点で何を見かけどのような情報を得たのか、をひたすら記述するものです。後半は、11時30分から12時過ぎまで法文一号館の前で実施した個人での抗議行動について、前提としての私の情報も含めてまとめたものです。講演会をめぐる問題と学園祭運営をめぐる問題の両方に関し、何かしら参考になる部分が含まれていれば幸いです。


前編:五月祭騒動見聞録

以下、五月祭で私がどの時点で何を見かけどのような情報を得たのか、を時系列順に記載します。一参加者の目線であり、出来事の全貌を捉えたものでは全くありませんが、こうしたタイプの記録を書き残しておくことにもまた何がしかの意味はあるでしょう。

11時00分~11時30分 正門前

11時から #0516参政党プロテスト東大前 を開始予定ということだったので、その時間に正門へ行き、プロテストには加わらずに全体の様子を見ていました。
時間を予告していたのでコールでもやるのかなと思っていたところ(家登氏の告知では「肉声のみまたはサイレントのスタンディングの予定」とあり、拡声器は使わないことが示されていた)、基本はサイレントのようで、思い思いの形でプラカード類を掲げていました。下記写真では家登氏が参加者と談笑しています。全体として、予想より全然穏やかな活動だという印象を受けました。正門前ということで待ち合わせの人もいるようなエリアでしたが、人流を妨げることはしておらず、かといって聴衆がまとまった数いるわけでもない、というあたりに見えました(サイレントなので、会話をしない限りはプラカードを視界に入れればそれで終わりだからだともいえます)。

左は、ベースを構える鍋倉氏。右は、抗議参加者と談笑する家登氏。断りなく撮ったものなので、もしご本人たちから削除要請があれば削除いたします。また、撮影距離および旗の文言を入れたかった都合でお二人の大きさが違っていて申し訳ございません。

手元の写真から、プラカード類の文言を列記します。
「わたしは差別にあらがう I RESIST RACISM」(赤薔薇ポスター)
「TOKYO AGAINST RACISM」
「選ぶな危険💀参政党」
「No Hate」
「デマと差別が蔓延する社会を許さない」
「くたばれ家父長制」
「参政党不要 FCKNAZI」
「CAUTION 参政党はカルトでマルチ」
「wwww ジャンボタニシから田んぼを守る会 wwww」(のぼり)
他には日米安保および労働者に関するプラカードもありましたが、写真で字が潰れて判読できませんでした。

参政党抗議以外では、正門を挟んで反対側にも、「大学に汎差別を持ち込むな」「高市政治を許さなえ」といったスタンディングが見受けられました。

11時30分~12時15分頃 法文一号館前

神谷氏講演会の開始時間が12時ということだったので、入場者が通るであろう11時30分以降の時間帯を目途に法文一号館前に行き、個人行動でのスタンディングを行いました(後編参照)。
下記写真で、左側の白いテントの横に写っている青いプラカードが私です。

記憶では11時45分頃、右合の衆の構成員と思しき数名が入口から出てきて、待機列の人々に対して「安全管理上の理由で開催が危ぶまれている、いったん滞留をやめて解散し、他の企画でも見ていてほしい。続報はXアカウントで知らせる」という趣旨の説明をしていました(関連するポストは11時29分投稿)。しかし、開始予定時間の12時を過ぎても続報がありません。

下記写真は12時09分に他のユーザーにより投稿されたものです(一部加工)。右側に私が写っています。
12時09分は投稿時間なので、撮影時間がいつかは正確には分かりません。私がそのときに会話していた通行人の方は写真真ん中の方とお知り合いだったようで、そちらでも会話が起こったようですが、私は3人とは話していません。鍋倉氏らは建物に入っていきました。何分のことかメモしておけばよかったです。

出典:https://x.com/i/status/2055485881075806679。鍋倉氏らを除く通行人の顔にモザイク処理をかけました。

その後、五月祭常任委員会のスタッフが建物から出てきて講演会が始まらない旨のアナウンスを行いました。このときは「延期」という表現をしていたように記憶していますが、定かではありません。再び形成されはじめていた待機列は散会になりました。先の引用ポストが12時10分のものなので、それより少し後のタイミングです。
この時点では爆破予告の「ば」の字も耳にしませんでした。「安全管理」のための中止という語りは、爆破予告がなくても成立しえたということです。

12時20分頃~13時50分頃 屋内企画見学

工学部棟の東大神社研「神社カフェ」で知人と合流し、「10分で伝えます!東大研究最前線」で野口恒平氏の「エチオピア人学者テスファ・ツヨンの人生」(13時20分から13時40分のコマ)を聴講しました。
13時05分に右合の衆から講演会の中止声明が出ていたため、同行者間で話題になりました。下記のポストは同行者と別れてから行ったものです(内容については後編で)。

工学部棟から出るとき、フラダンスの人々がステージの裏を駆けていました。この時点では屋外企画のうちステージは行われていたものと思われます。

13時50分頃~14時40分 屋外企画停止中・常任委員聴取

13時59分に文系ロシア語クラスの紅茶屋台へたどりつきましたが、休止中(正確な表現は失念)の貼り紙があり、尋ねたところ「五月祭常任委員会側から停止要請があったが詳細は分からない」とのことでした。
その後、14時過ぎに工学部棟の「コミックアカデミー」を覗きました。通常どおり開催されていたので、屋内企画(の一部?)はこの時点でも続いていたことになります。すでに「全企画」の停止について口頭で触れまわる常任委員会も見かけましたが、工学部棟までの道では、停止している屋台とそうでない屋台の両方があり、停止の趣旨は貫徹されていないようでした。そのため、何人かの常任委員会スタッフに話しかけてみました。
一人目は「安全管理上の問題ということ以上には上から情報が来ていない」ということで、現場も情報面では混乱しているようでした。14時09分のポスト。

二人目には「安全管理上の問題というのは、爆破予告の類が来たのか」と尋ねました。すると、「爆破予告のように避難の必要性を伴うものではない」と断言されました。ただ、「それ以上は伝えられない」とのことでした。
三人目は大きめのテントで訊きましたが、「安全管理上の問題」一点張りでした。
混雑はしていても人流が荒れているということはなく、騒擾も感じませんでした。
産経新聞が「爆破予告」報道をしたのは14時29分のことです。
出口近くの屋台から「サツキが~」というデマ(学内からの抗議者を学外者扱いするもの)も聴こえてきて嫌だなと思いつつ、14時40分に退出しました。
駅に向かう道中では後ろの人々が、駒場に比べて本郷では立て看板が少ないことなど学生自治の問題を話し合っていました。

14時55分、五月祭常任委員会が1日目全企画の中止声明を出しました。
下記ポストはその後のものです。これが非難に晒されることになります。内容については後編で取り上げますが、爆破予告を現場のカウンターの仕業だとは全く考えていないことを先に補足しておきます。爆破予告で止まったらカウンターで止めたという実績ができませんので、現場の人たちが爆破予告も出すとは考えづらいです。
また、丁寧というのは社会からのイメージ(今回では民主主義フェスティバルの発信に表れているような)を指すもので、今回の建物内で恫喝が確認されたように、参政党関係者が実際の現場で暴力行為に出ることもある点はもちろん存じ上げております(三橋貴明の例とか)。それでもなお一般にはどう見られてしまうのかという問題です。

事後的な情報も踏まえ、各アクターが当日行ったことに対して抱いた印象

右合の衆および参政党について
元から持っていた参政党への憂慮は、当日の出来事とは別ですので後編で触れます。
私は建物の中に入っていないため、説明のために出てきた右合の衆の数人しか見ていません。事後に得た伝聞では、参政党員が結構おり、エレベーターの封鎖や学生抗議者への威圧(殺害予告含む)を行っていたといいます。学生自治の観点から問題にされるべきはこの点でしょう。
会場確保の不手際に関する噂(家登氏ポスト)もあり、そもそもどのくらい本気で実施するつもりがあったのか疑わしいと感じました。産経新聞の報道によれば朝の時点で爆破予告が来ていたとされていますが、それが本当だとして、それを隠蔽して準備を進めていたのは意味不明です。神谷氏や塩入氏はどこで待機していたのでしょうか。
そして、学生の抗議団体が出した誓約書案は具体的な項目にわたるものでしたから、法的な義務がないにしても、それに対する応答を示すべきだったと思います。署名での是認という形にはならずに終わりましたが、であれば、公式の情報発信による反論を求めます。

学生の抗議団体について
誓約書案は良いものだったと思います。特に留学生問題へのデマ撤回要請が冒頭に来ているのがよかったです。また、誓約書案を建物内で突き付けたということで、直接対峙の努力に頭が下がります。
対面でご活動されるのであれば、来場者や他の学生向けに誓約書案を配布し、応答がなかったことを周知するという形があってもよかったかもしれませんが、ないものねだりですね。

学外カウンターについて
正門前の時点では、思ったより穏やかな抗議という印象を受けました。他方、大学構外(「東大前」)でやるという話だったので、誰でも入れる構内はまだしも、講演会の建物に入っていったのを見たときには驚きました。講演会に申し込んでいたのかどうかが気になります。
学内自治の観点から抗議行動自体に異論が出ていたなかで、構外で行動するのはまだしも、実際の講演会場で実力行使をする(あるいは、そのように疑われかねないエリアまで立ち入る)ことは、構外でやるから学内自治には反しないのだという建前とは矛盾してしまい、一般学生はじめ外部からどう見られるかを考慮しない行動だったのではないかと思います。

爆破予告犯について
メールが送られてきたということなので、早急な捜査と逮捕、そして真相解明と賠償が求められます。現状では、どのような立場の人が行ったのか全く断言できません。反対側のうち考えなしの人か、実施側の自作自演か、単なる愉快犯か。
産経新聞の報道では当日朝、毎日新聞では開演直前にメールが送られてきたというズレがあったのも気になります。右合の衆宛と五月祭常任委員会宛で時刻が異なっていたのか、それとも「関係者」の証言がぶれているのか。『東京大学新聞』による詳細な調査報道がなされることを望みます。

五月祭常任委員会について
一つ気になるのは、五月祭パンフレットにおける「東大五月祭特別講演 日本の未来を語る」(右合の衆右合の衆)の説明が単に「著名な政治家をお招きし」とあり、具体的な名前を挙げていないことです。右合の衆からの告知ポストは5月11日でしたが、五月祭常任委員会への通達はいつ行われたのか、その際に当否の議論がなされたのかどうか、情報の開示が必要です。
そして、政治家の講演は過去にも行われているとはいえ、神谷氏らはヘイトを筆頭に問題発言が多いため、招聘が報告された段階で開催を承認しない判断があってもよかったのではないかと思います。
他方、開催を認めるからには、実施にこぎつけるよう措置を講じるのが筋だったと考えます。軋轢が起こることは充分に予想できたでしょうから、五月祭常任委員会側の手配で警備員を雇うなどし(費用は企画持ちで)、参政党員の集団行動をさせず警察力にも頼らない形で安全管理を行うべきではなかったでしょうか。もちろん、実施したうえで規律違反があれば途中でもすぐに止めるという手続きが必要でした。
爆破予告についても、全企画中止を行うに足る事実性・緊急性があるものだったのなら、それが判明した段階で少なくともスタッフの末端までは情報を下ろしておくべきだったと思います。

後編:個人抗議行動記録

以下、前編でも触れた個人での抗議行動について詳細を述べます。その際、先述のポストについた引用の一部を引いています。このように直接応答したものもありますが、1000RPを超えた今、全ての反応に返信するにはあまりにも気力がいりすぎるため、基本的にはこちらの行論をもって代えさせていただきます(家登氏からの促しがあったため夜を徹してこの記事を書いていますが、そのあいだにも引用やリプライが増えているので、際限がありません)。

私の来歴と所属

私は2014年度に東京大学へ入学し、2023年に大学院の学籍を抜きました。現在の主な所属は同じく国立大学法人の東北大学で、学外か学内かを厳密に分けるのであれば東大の学外者ですが、研究室やゼミの仲間を通じて学内の情報を日々耳にし、卒業生として図書館も利用する点で(入館証があります)、東大という文化コミュニティには緩く連なっています。

今回の五月祭問題についていえば、教養学部時代に教養学部学生自治会(TCZ)の事務局および理事会で働いていたことがあり、学生自治への関心があります。当時すでにTCZは民青系全学連から脱退してしばらく経っていた時期で、それ自体は上部組織からの独立という点でよいことだったと捉えていました。他方、事務局や理事会に民青系の方もいらっしゃったことについては、個人の自由だとして特に何も思いませんでした。
駒場の教養学部と異なり、全学ではTCZに比する自治組織がありません。私が進学した文学部でも過去に学友会が存在したようですが、それと思しき部屋は三友館で物置になっています。本郷へ進学した2016年には人文社会系研究科の人文委員会とも連絡を取りましたが、引き継ぐには至りませんでした。
学生間の運動としては、同年の総合図書館閉館問題に際して「閉館に反対する学生の会」の代表となりました。10年前のnote記事がそれです。

政治上の志向性

先述のポストでは日本共産党への投票歴に触れたため、下記のように揶揄もされました。確かに、あいちトリエンナーレに毎年行っていたと自称する人(3年に1回なのでありえない)のように、こういう場面で嘘を吐く人もいて腹立たしいのですが、私の場合は本当に投票していました。以下、説明します。

先ほどは説明しませんでしたが、私は近現代の日本における宗教、主に神道について研究しています(詳しくはresearchmapをご覧ください)。とりわけ、近代日本の学問弾圧としてその筆禍事件が知られる久米邦武も多く取り上げています。
神道を研究しているからといって、例えば神道政治連盟が掲げるような思想に賛同しているかというと、全くそういうわけではありません。特に神道政治連盟でいえば同性愛者差別冊子の配布問題が記憶に新しく、論外です。近代史の研究者としては、一例として『近代の神道と社会』への書評で、学界のジェンダーバランスや、性に関わる権力関係への言及の欠落、植民地への論及の不足を指摘するといった形で、自分にできることをしています。

話を投票に戻します。神道の研究を行う以上は、研究員として所属する國學院大學をはじめ、様々な場で神道界の人と交流しながら研究を進めていくことになります。できれば日本共産党への投票歴など隠したほうがよく、わざわざ嘘をついてまで表明することではありません(政治上の志向を見抜かれたのか「お前は共産党に投票しただろ!」と言われたこともありましたが、言葉を濁さざるをえませんでした)。

それでもあえて表明したのが今回だったわけです。
日本共産党は、山添拓議員や田村智子委員長のように、国会で鋭い質疑を行うことが少なくなく、言論の府において絶対に必要な存在だと考えます。そのため、少なくとも比例では「日本共産党」と書くことがたびたびでした。ただし党派そのものへの絶対的支持ではないため、小選挙区では情勢予測に応じ、リベラル系で当落線上にある候補を選んでいます。

これは、私の発言を引用したポストにつながるリプライです。
この人たちは本当に党勢を伸ばす気があるんでしょうか。

参政党への懸念

私は、近年の参政党躍進に深い憂慮を抱いています。先日惜しくも終刊となった『図書新聞』では、田中康二先生による『国学の敗戦』への書評で現代の時局に触れ、参政党の政策にも言及しました。この書評は1面の「特集「推し活ファシズム」の渦中で読む」に組み込まれており、依頼時にはなかったので紙面を見て初めて知りましたが、あるべき場所に置かれたと感じました。

教育者としても、宗教学や思想史の講義を行う際に現代の参政党による動向に言及しています。もちろん特定の党派への反感を教え込むようなことは教育の場にふさわしくありませんので、例えば自民党も含めた改憲草案について、宗教の扱いや「国体」への言及を示し、過去の事例を比較しつつ各自考えてもらうということをしています。

参政党への憂慮は、改憲草案や反科学など枚挙にいとまがありませんが、やはり一番は「日本人ファースト」政策の問題です。
大学人としては、学生団体の抗議でも取り上げられていた留学生バッシングに特に心を痛めています。東大でも東北大でも留学生の仲間は数が多く、研究で交流する他大学の先生方にも外国籍の方は少なくありません(多くもありませんが)。せっかく日本に興味を持って日本のことを探究してくださっている皆さんに、申し訳が立たないと感じます。

留学生や外国人の話になると、参政党支持者は「いや、悪い外国人がダメなのだ」云々と反論してくることもありそうですが、それは外側からどれくらい判断できるものなのでしょうか。「日本人」についてもそうでしょう。
以前、参政党のローレンス綾子氏が宮城県の選挙に出馬した際、仙台駅前の選挙運動に出くわしたことがありました。私はそのとき外国生まれの研究者と一緒に歩いていたのですが、ローレンス陣営は私にだけビラを渡そうとしてきました。あろうことか、自身は国際結婚をしておそらくはそれをもアピールポイントにしているだろうローレンス氏の陣営の構成員が、そういうあからさまな差別をしてくるのです。欺瞞にもほどがあります。

現在、参政党の支持率は一時期ほどではなくなってきているものの、それは自民党の総裁が石破茂から高市早苗に変わり、期待感がそちらへ移ったことが主因でしょう。引きつづき懸念すべき状況が続いています。

日の丸問題とデモ参加

昨年8月15日、靖国神社近くの交差点における右派団体および反天連の街宣を見に行きました。反天連が通行するときには右派団体側から日の丸や旭日旗が突き上げられるだけでなく中国や朝鮮半島への差別言辞も多く飛び交っており、思想の差異を民族に還元して理解しようとしてしまうのか、日本生まれでも違う考えを持つ人はいるだろうし、近代はあれだけ内鮮一体や東亜秩序が語られたのに、と哀しみを覚えました。右派団体側の行進時にはカウンターもいたようで、あわや殴り合いかというような騒擾が近辺で起こっていました。
このような国旗の使われ方は先述の外国人排除問題とも地続きです。

そうしたなか、今回の国旗損壊罪問題が持ち上がってきました。
思想史研究者ならではの観点から、反対の声が届きにくいような層まで声を届けられないかと考え、先日のnote記事を書きました。

これは、5月15日に官邸前で国旗損壊罪法案反対のアクションがあるということも念頭に書き上げたものでした。
人生で初めてデモ活動に参加してみたのがこのときです。

先約があり、終盤に最後尾からの参加になりましたが、ラストコールに声を上げることができました。ラストコールの前に演説した方が、国旗の汚損と洗濯に関する話をしていたことが印象に残っています。距離が遠かったこともあり詳しい理路は追い切れなかったものの、日の丸にバツをつけるのとはかなり違うアプローチから法案に反対してみせる内容で、そうした多様な演説の場が与えられていることも含めて感銘を受けました。コールが終わった後もいくつかの声が挙がっていたことを憶えています。ペンライトも定着してきましたね。

5月15日の官邸前アクション。

終了後、何人かの方から「白虹日を貫けり」の意味を訊かれたので、noteのことをお伝えしました。

また、主催者の方とは事前にnote記事のことなどで連絡をさせていただいたため、挨拶に行きました。
その際、バツをつけた日の丸の方とも少しお話ししました。先述のnoteに記したように、法案反対運動においてこの旗が有効な手立てなのか私自身は懐疑的ですが、それはそれとして写真を撮らせてもらいました。

警察官たちが旗を見ています。

今回のプラカード

五月祭の5月16日はその翌日です。
メインデザインの色を少し変えるとともに、新たに2枚を付加しました。

現場における写真は自分では撮らなかったため、前編をご参照ください。

一枚目

前回のnoteとはカラーコードを変えて、#0281ffにしました。これは、参政党のシンボルカラーである橙色(#fd7e00)の反対色です。

この図案については先述のnoteをご参照ください。
漢籍由来の表現なので、五月祭に来るような層はとりわけ興味を持ってくれるのではないか、と期待しておりました。

二枚目

会話した方から、「徒」(いたずら)の読みを確認されました。ルビを入れられれば入れたほうがよかったですね。

こちらは本当にこの文面でよいのか、かなり悩みました。「日本を壊すな」という、かつての自民党や現在の参政党が用いているフレーズを逆用できないか試みたものです。
ここでは特に、鉤括弧つきの「日本」とそうでない日本の区別が重要です。これは、日本保守党の「日本」と日本共産党の日本、と喩えれば分かりやすいでしょう。前者が、独断に基づいて(漢文の授業すらも敵視して)「日本」「日本人」を語り、それに当てはまらないと考える人々を排除していく観念であるのに対し、後者の日本は、現実にこの国土を生きるあらゆる人々の共同体です。観念としての「日本」を自明視してはいけないのに対し、日本政府の法治下におかれる領域としての日本は確実に存在します。
政府自体の廃絶を説く立場であればともかく、そうでないのなら、日本という言葉を「日本」論者たちの手から取り戻さなければなりません。日本生まれでない人々も含めたあらゆる人を包摂する日本。それを、観念としての「日本」をめぐる同質性の押しつけや他国への無根拠な優越の語りに回収しないよう気をつけながら、目指すべきです。

三枚目

QRコードのカラーコードは紅色のうちWikipediaに記載のあった#C22047です。正確な色指定がなされているわけではないらしいので、どこまでの色なら国旗扱いなのかという論点もありそうです。ちなみに、ファインダを除いたセルの配置が円形に近くなったのは偶然です。

先述のnoteへのQRコードです。サイレントでのスタンディングでは伝えられるメッセージに限りがあり、二枚目の内容も誤読される恐れがありますので、note記事への導線を設けました。

行動の方針

いざプラカードを作ったものの、今回は場所が五月祭なので、慎重に方針を考えました。先述のように限りなく学内者に近い学外者という立場にあるためです。
ゆえに、学生団体によって大学構成員に呼びかけられていた(必要に応じての)集団行動にも、学外者を中心とする正門前のプロテストにも加わらず、個人として行動することを選びました。すでに学生自治の関係で学外介入への批判の声も出てきていたなかで、自分の活動を自分一人の責任にとどめるためです。

具体的な場所としては、講演会が行われる法文一号館前の、人の流れを遮らないところ、そして、待機列が形成されると思われた11時30分以降の時間帯から実施しました。それが、意見を届ける相手としてはもっとも適切な層、つまりは神谷氏への賛否を問わずその講演に興味を持つ人々だからです。
もし講演会が実施されていれば、講演会が終わる15時にも立つ予定でした。

万が一五月祭常任委員会のスタッフから退去を求められたら従うつもりでしたが、もう少し道の端に寄るようにという一般的指示が周りとともにあったのみで、スタンディングをやめさせられるなどということは全くありませんでした。

通行人との会話

スタンディングのあいだ、講演会参加者と思しき人からもそうでない人からも声をかけられました。「QRコードを読んでいいですか」というパターンがもちろん多かったです。中には、スマホではない普通のカメラで全体を撮っていく人もいました(もしこの記事をお読みになったら、よければ写真をいただけると助かります)。

場所が場所なので、どちらかといえば「日本」への関心が強い方から話しかけられることが多かったと思います。そのような対話の機会を生み出すことを狙っていたので、スタンディングを行った意味があると感じました。

極端な例では、国旗損壊罪よりも先に不敬罪を制定すべきだから法案に疑問を持っている、という方がいました。これはこれで思想的一貫性はあるものです。ただ、私の考えとしては不敬罪も同様に法制化されないほうがよいと思うので、ぜひnoteを読んでみてください、とお伝えしました。

長めにお話しした方は仙台ゆかりの人だったので、「そばの神田」の話で盛り上がりました。しかし例えば国会議員の国籍についてYouTube動画をソースにとんでもないことを述べるので、そんなわけないでしょうという話をしました。

一方、二枚目を見て「右か左か分からない」という感想を漏らした方もいます。右と左、どちらに区分される人も区分されない人も住んでいるこの国で、できるだけ多くの人に声を届けるためには、そうした党派的区分の自明性について一瞬立ち止まって考えてもらえないかと思っています。

あとは、「これはどういう団体ですか」という質問も受けました。「思想が強い」という表現がまかりとおっているように、個人が政治発言をすることがなかなか難しい状況を変えるにはどうすればよいかと考えさせられました。

家登氏の引用に応えて

15時のポストについて、正門前プロテストの当事者である家登氏から下記のような引用をいただきました。

まず家登氏には、東大五月祭において神谷講演が行われることそれ自体への懸念を表明しその点で連帯いただいたこと、御礼申し上げます。

ここで家登氏は、ヘイトスピーチを阻止・防止する効果的な方法について私が問題提起したのだと述べられ、それをお尋ねになっています。阻止・防止と対抗とでもまた異なる気がしますが、まずは阻止・防止についてこの問題を先に考えてみます。
これは、今回の元の話題でいえば①神谷講演会の阻止ですが、私のポストが日本共産党をめぐる五月祭を離れた内容だったことを考えると②日本におけるヘイトスピーチ全般の阻止、も含んでのことでしょう。

①は、まだ詳細不明の爆破予告はともかく、学内者の抗議活動により成し遂げられたと理解しておりました。
つまり、直接的に神谷講演を阻止する効果は正門前プロテストにはなかったということですよね。もちろん、連帯が間接的にエンパワメントになることはあるかもしれませんが、直接の効果を持つ方法が何かということとは別です。そして私は、先述のように正門前プロテスト自体にはそこまで悪印象を持っていません。

それとも、建物での直接行動についても意図されておられるでしょうか。時系列でいえば11時45分頃には「安全管理上の問題」が発生していたのに対し、プロテスト参加者の鍋倉氏が建物へ入っていったのは12時前後なので、中で何をされたにせよ、それは副次的なもので、直接の効果とはいえません(具体的な内情について、信頼できるソースをすぐに探すのが難しいため、むしろ内情をご補足いただきたいです)。

私は学生をはじめとする大学の自治を重視しているため、学生の抗議団体が動いて(参政党員のような恫喝は行わずに)止めたことを評価しますし、元々、学生による抗議の声が挙がることを良しとしていたので、①について、学生による動き以上に有効なものがあったとは考えません。

3つ目のポストでおっしゃった対抗というのは、ヘイトスピーチの実施を直接阻止することだけでなく、周りの人に新たな意識を持たせるなど、結果的に阻止を達成するためのやり方を広く指すものと見るのがよいでしょうか。ただ、正門前プロテストは、①について参政党や右合の衆が自発的に講演会をやめると想定していたとは思えず、実際の決定権を持つ五月祭常任委員会に働きかけるにも迂遠なので(それなら公開質問状を出すとかのほうがよい)、②のために東大生や来場者へアピールしたものと捉えられます。
家登氏が告知時におっしゃっていた「東大生の心をくすぐるエスプリの効いたプラカード」がもっと出てくるとよいですね。

さて問題は、②を最終的に目指していくために、今回①を目標とすることがそもそも妥当だったのかという点です。

大学は、他の場所に比べても独立した言論の自由が確保されるべき場所です。前編で述べたとおり私は、五月祭常任委員会が止めるに越したことはなかったと考えていますが、そうではなく開催が五月祭常任委員会に認められてしまった以上は、中止にはまずは学内論議の高まりが必要だったと考えますし、実際、そのようになりました。

しかしその際に、鍋倉氏というSNS映えする方が建物入りしてしまったことで、学外者は正門前でプロテストをという元々の建前を超えて、プロテストの主要メンバーであった鍋倉氏が中止のための実力行使を先導したかのような(時系列からすれば正しくない)印象が生み出されてしまうことになりました。
それによって、学生の抗議よりもプロテストメンバーの姿がクローズアップされ、それが曖昧な「共産党」イメージに重ねられることになってしまいました。

もちろん鍋倉氏が共産党を離党されたことは存じ上げておりますが、単なる一党員ではなく党のSNS講師という責任ある立場で党に携わる家登氏が呼びかけ人となってプロテストをなさっていた以上は、外から見れば一括りにされてしまうことを意識して、学外からの連帯という線引きを守るべく、建物行きはお止めになったほうがよかったのではないでしょうか。SNSという情動の場では、細かい時系列も、党籍の有無も考慮されることはありません。無知による誤解も、悪意による歪曲もありうる前提で、できるかぎり正当性を保ったまま抗議する立ち回りを考えなければいけなかったのではないでしょうか。ペットボトルの差し入れの話も見かけた気がしますが、より目立たない服装の同志がいらっしゃったなかで、鍋倉氏があえて行かれる必要があったようには思えません。

また、参加者を募る講演会は、路上で行われるヘイトデモとは異なり、ヘイト発言を聴くことを恐れる人は行かない選択肢があります。通常のヘイトデモが、聴かされる人が傷つくのを阻止するために行われなければならないとすれば、大学における講演会を阻止するのであれば、公器としての大学でどのような発言がなされるかという部分がより重要になってきます(なので、具体的な発言内容について根拠を質すという学生抗議のやり方は理にかなっていました)。
私に言われるまでもないことと思いますが、一口にヘイトスピーチといっても場所によって形が変わります。大学という場の性質をもう少し尊重して、メンバーの行動がどう周りからイメージされるかをご意識いただきたかった次第です。

日本共産党のことに触れたのは、立法や行政の領域における政党としての日本共産党の働きに期待をかけるからこそ、反共の根強いこの国で選挙により信任を得ながら(学校給食無償化のように)人々の生活課題を解決する制度づくりをしていく活動と、制度外にも横溢する差別という道徳上の問題に立ち向かう闘争とを混用していくことがどの程度有効なのだろうかという疑念が、大学という場に対する今回のご姿勢を見ていて強まったためでした。
もちろん制度の側にも差別の問題は含まれていますが、路上には路上の、大学には大学の、議会には議会の、選挙応援には選挙応援の、それぞれの場に適した対抗のやり方があるはずです。
家登氏はもしヘイトスピーチ全般の阻止に有効な方法があれば「ついていきます」とおっしゃっていましたが、必要なのはむしろ、場所ごとの役割分担ではないでしょうか。

最後に

私はまだ一介の駆け出し研究者です。researchmapを見れば分かるように、研究者ほど経歴がダダ洩れになって名前と紐づいている職業はそんなに多くはないでしょう。それでも5月15日のnoteと5月16日のスタンディングを顕名・顔出しで行いました。従前にも、研究者・教育者として差別に立ち向かうためにできることは少しなりとも進めてきたつもりです。

引用では「何もできない」「差別に抗わない奴」「反差別規範欠如しすぎ」などと色々な言葉を投げかけられました。大変なヘイトデモの現場に出る方々は確かに偉いですが、現場に出ていない人は差別に抗っていないと決めつけたり、パフォーマンスが自己目的化したり、役割分担を越境して他の場所の性質を軽視するようなことを続けていった先に、より多くの人々が連帯できる未来はあるのでしょうか。

これに懲りず、自分にできることを模索していきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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