【データ図解】日本人は、確実に「働く気」を失っている
- 労働意欲「低温化」の3要素
- 長時間労働と働きがいは別モノ
- 働きがいは「古くて新しい」概念
- エンゲージ「スコア」は無意味?
- 労働力減少時代、どう生き残る?
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ここでの主なデータは博報堂生活定点からですが、その他、多様な聞き方をしている経年調査からも、ここ5.6年の仕事のやりがいの希薄化と成長志向の希薄化は確実に起こっています。
労働時間については、非正規雇用が増えたことが大きいので、その傾向とは実はあまり関係ない。
それよりも、コロナ禍とハラスメント防止の機運によってもたらされた「叱れない」「誘えない」文化によって、上下の人間関係の深さが無くなったことが主因だと考えています。それにより、OJTによる経験学習が回らず、コンフォートゾーンから出れなくなっているようになっている企業は現場を見ていても多いです。
静かな退職が話題ですが、人材開発の視点からすれば、この未経験入社が多い国において、若手社員が静かに退職”できてしまう”ほうが遥かに問題なのです。選択の問題ではなく、環境の問題です。
ちなみに働き甲斐だけでなくコミュニケーション態度全体の希薄化も見られますし、学びへの意欲も薄くなっている傾向もパーソル総研の経年調査からはわかっています。コロナ禍という短期要因があったとは言え、各社手を打たないと、誰がどこで人を育てればいいのかわからない国になってしまいそうです。
当社もエンゲージメント領域では日本最大手なので、責任の一端を負っていると自覚しつつですが、この手の議論はしても意味がないと感じます。
※こうした議論が起きること自体は、本質に目を向けることに繋がるので大賛成です
3つの重要な視点が抜け落ちているからです。
1点目は、「企業成長と個人動機(働きがい)の連動は前提である」ということです。
よく「企業成長が先なのか、働きがいが先なのか」「働きがいを高めて成果は上がるのか」といった議論がされることがありますが、本末転倒です。
「両方とも大事」であり、「両方とも高まることを前提に設計しなければ企業戦略とは言えない」です。
企業成長と個人動機は同時実現することが重要で、どちらが重要、どちらが先、という話ではありません。
2点目は、「戦略・戦術アラインの中にエンゲージメントを組み込む」ということです。
当社では、企業変革をデザインする際には「5つのM」が重要と捉えています。
【戦略の2要素】
①Message(事業戦略):ポジショニング/ビジネスモデル
②Motivation(動機形成):エンゲージメント/キャリア
【戦略の3要素】
③Mission(役割設計):理念/役割/機能の設計
④Monitoring(管理制度):指標/評価/報酬の設計
⑤Membering(人材開発):採用/育成/配置の設計
このように、事業戦略の接合点にエンゲージメントを位置付け、組織の戦術とアラインできるか、という視点が抜け落ち、統合的ではなく散逸的な設計になっている場合、ほぼうまくいきません。
3点目は「エンゲージメント向上にはパターンがある」ということです。
上記2点を抑えて初めて、「あとはエンゲージメントを上げるだけ」という状態になります。
しかし、エンゲージメントの改善方法にはパターンがあることが、驚くほど知られていません。
当社では25年間エンゲージメントに関するデータを蓄積してきたため、あらゆるエンゲージメント向上に関する課題や施策は「どこかで見た景色」なのですが、それをまだまだ啓蒙出来ていせん。
こうした視点を広めきれていないことに、前述した責任を感じた方がよいと思っています。
要するに、もっと頑張ってエンゲージメントに関するイロハを広めねば、と思いました!!
ギャラップによるエンゲージメント調査の日本6%という寂しい数字は毎年話題になりますよね。確かに寂しい数字ですが、見ていて納得感もあります。
でも、記事中に登場する「やりがい」なる概念がこれまた本当に難しく厄介な代物です。
というのも、世の中にやりがいのある仕事とやりがいのない仕事があるわけではありません。同じ仕事をしていてもやりがいを感じられる人とやりがいを感じられない人がいるだけだからです。
もっとシンプルに言えば「やりがい」というのは、目の前の山を登りきった人だけが感じられる達成感、満足感、幸福感です。だから、登ってもみない人や途中で登るのをやめてしまった人は絶対に感じることができないのがやりがいの正体。
最近見ていて課題だと感じるのは、ホワイト職場が増えてきたのはよいものの、記事にあるとおり、働きやすい職場ではあるもののやりがいが感じられない状態です。Googleのプロジェクトアリストテレスでも心理的安全性が話題になりましたが、これも働きやすさと概ね同じでしょう。
でも、働きやすさや心理的安全性だけではエンゲージメントは高くなることはなく、求められる仕事の質が高くなってこそ「いきいき職場」=エンゲージメント上昇となってきます。
というより、心理的安全性(働きやすさ)はイノベーションを生み出すために高い質の仕事・コミットメントが求められるから必要になるという順序なんですよね。
失敗を恐れずにチャレンジしよう!という文化が受け入れられる土壌ができてきたことは素晴らしいんですが、実はやりがいに本当に必要なのは成功体験。勝ちの味(=やりがい)を覚えた人は、その後もやりがいを求め続けます。そのためにもチャレンジが必要です。
そもそも、「働き甲斐調査」の大半は、実は設問設計に致命的な欠陥を抱えているように思います。
記事で紹介される各種アンケートも、「働き甲斐を感じますか?」という意見を問う形式。しかしマーケティングリサーチの鉄則は「意見ではなく行動を問え」です。
たとえば「その商品が出たら買いたい」と答えた人のうち、実際に購入する人は激減します。これは、「アクション・インテントギャップ(意図と行動の乖離)」呼ばれるもので、「人は本気でそう思っていても、行動は全く異なる」のです。
私自身の体験で言えば、激務だった会社の方が「没頭して気づいたら数時間経っていた」ということが頻繁にありました。一方、働き方改革の模範企業では、毎月のアンケートで「生き生き働けている」かを聞かれましたが、正直な話、前者の方が充実していた記憶があります。
つまり、本当の働き甲斐は没頭度や時間を忘れる頻度で測るべきなのです。
「最近、仕事に熱中して時間を忘れた経験はありますか?」
たとえば、こうした行動ベースの質問こそが、真の働き甲斐を可視化できるのです。
記事が指摘する「エンゲージメントスコアは無意味」という専門家の見解も、まさにこの構造的問題を裏付けています。意見は真実を表しません。しかも「会社が従業員に、明示的に取得するもの」ならば尚のことです。
労働力減少時代に企業が生き残るには、表面的な満足度調査ではなく、行動に基づく真の働き甲斐指標の再構築こそが急務なのではないでしょうか。
副業で中小企業支援をしています、自分も会社員だからこそ「働きがい」を企業が引き出そうとすること自体に問題あるのではと思う機会が増えてきました。
社員の方とコーチングすることもあるのですが、多くの社員は、会社に働きがいを求めていない。むしろ、自分のキャリアやライフプランを会社に明かすことに抵抗感がある人が増えてきた印象です。
社員の方から「この働きがいの議論は企業が社員を“管理対象”と見なしている。それ自体にイラつく」と言っていました。要するに一人前の大人として対等に扱われていないと。
社員には人生を選ぶ権利があり、働きがいは会社に帰属することではなく、自分の生き方の中で見出すものと考えてもいいと思います。企業は「働きがいを与える場」ではなく、「選びがいのある場」として再設計するのはどうかなと。
働きがいを与えるって言葉に、上から目線が入ると大体うまくいかない印象です。一発で見抜かれます。
「仕事は給料よりやりがいを求める」という言葉自体はかなり昔からあったはずですが、そのやりがいがかつてないほど、低下していることがさまざまなデータから見受けられます。
もちろん、5段階評価なら無難な3や4をつけたがる人が多い、加えてそもそも普段から何かにつけて「I'm proud of~」と言いがちな欧米人に対して、日本人は「所属する組織に誇りを感じる」などとは声に出さない──など、国民性の違いもあるので単純比較はできないでしょうが、いずれにしても労働力不足の時代、やりがいを与えられない会社は淘汰されそうです。
「やりがいを求めて、働きたい人はどこまでも働かせればいい」という風潮に釘を刺す慶大の山本教授、そしてなんとなくエンゲージメント周辺は人事部案件、と思いがちなところ、U-ZERO三村さんの「エンゲージメントの高め方は、経営層の覚悟が問われる」という意見が印象に残りました。

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