ブログ:「ノートが私の記憶」、脳障害と生きる台湾青年

ブログ:「ノートが私の記憶」、脳障害と生きる台湾青年
 11月16日、チェン・ホンジさん(写真)さんは9年前、事故に遭い、短期的な記憶を維持する能力を失った。そこで、ノートに青色のペンで毎日の出来事を事細かに記録している。台湾・新竹の自宅で7月撮影(2018年 ロイター/Tyrone Siu)
Tyrone Siu
[台北 16日 ロイター] - チェン・ホンジさん(26)のノートは、彼の人生そのものだ。9年前、チェンさんは事故に遭い、記憶をつかさどる脳の海馬に深刻なダメージを受けた。
チェンさんは短期的な記憶を維持する能力を失った。そこで、ノートに青色のペンで毎日の出来事を事細かに記録している。
「きょう、誰の手伝いをしたか、どれくらい農作業をしたか、雨が降ったかといったことを思い出すためにノートを使っている。ノートが私の記憶だ」とチェンさんは言う。チェンさんは、台湾北西部の新竹県にある人里離れた村で継母(65)と暮らしている。
「ノートの1つをなくしたことがある。悲しくて涙が出た。父親に一緒に捜してほしいと頼んだ」
父親は4年前に亡くなったため、チェンさんと継母は公的な障害手当と、育てた果物と野菜を近所の人と交換して生計を立てている。近所の人の中には、チェンさんを「ノートボーイ」と呼ぶ人もいる。
台北栄民総医院で精神科の責任者を務めるリン・ミンテン医師は、チェンさんについて、脳の損傷が広範囲に及んでいるにもかかわらず、目覚ましい回復を見せていると話す。
「レントゲンから、彼の脳の大部分が黒くなっているのが分かる。交通事故後に手術をした部分だ」
「脳の相当な部分を失ったのに、彼が現在できていることを思えばかなり驚くべきことだ」とリン医師は言う。チェンさんは5─10分前にしたことしか思い出せない、と同医師は付け加えた。
脳の損傷により、チェンさんの情報処理能力にも影響を及ぼしたとリン医師は説明。
「このことは、彼の母親との関係にも影響を与えている。母親はチェンさんの物忘れとうまくやっていけないときがある」とリン医師。
継母は故郷のインドネシアに戻りたいが、チェンさんを独りにはできないと感じている。
「私がいなくなれば、誰が息子の面倒を見るのか。私が死んだ後の彼の将来を想像できない」
今はノートのおかげでチェンさんは生活の秩序を保っている。
「10月26日、1人で北埔郷に行く。電話を探しに行く。カトリック教会に行く。北埔慈天宮に行く。10時38分。ZZZ」。チェンさんは紛失した携帯電話を捜し、見つけるために祈った日について、このように的確にノートに記している。
10日後、チェンさんは携帯を発見した。もちろん、そのことをノートに記録したことは言うまでもない。

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