最近、「M2M」が再び脚光を浴びている。

 M2M(machine to machine、エムツーエムと呼ぶ)は、人を介さずに、機器同士がお互いに通信し合う形態のこと。建設機器の稼働状況確認や自動販売機の在庫/売上管理など、ここ10年ほどで徐々に活用事例は増えているが、期待していたほどの市場には成長していなかった。だが、ここにきて、移動体通信網の整備やM2M向けの通信モジュールの低価格化など、実現への敷居が下がり、より広く使われる可能性がでてきた。

 この分野で注目されているのが、昨年秋に300円という低価格でM2M用の通信モジュール(Beaconモジュール)を発売したアプリックスだ。従来の数分の1~10分の1程度と安く、身の回りのさまざまな機器に組み込める可能性が高まった。このモジュールは、アップルのiOS 7で搭載されたiBeacon(iビーコン)による通信に対応している。機器に組み込んだり、壁に貼ったりすることで、iPhoneなどのiOS端末(もしくはアプリを導入したAndroid端末)と通信できるようになる。

※iBeaconは、アップルのiOS7で新たに搭載された近距離無線通信のこと。「Bluetooth Low Energy」と呼ぶ技術をベースに使っている。

 アプリックスは元々、携帯電話などの組み込みソフトウエアを手掛けていた会社だ。そのアプリックスがなぜ、低価格の通信モジュールを発売したのか、M2Mによって広がる世界とはいかなるものかについて、アプリックスIPホールディングスの郡山龍代表取締役に話を聞いた。

(聞き手は小野口 哲)

郡山 龍(こおりやま・りゅう)
アプリックスIPホールディングス代表取締役。10歳までニューヨークで育ち、その後帰国。小学校6年生の時に、秋葉原で部品を購入し、初めてコンピュータを作る。高校時代からコンピュータ業界に関わり、早稲田大学在学中の1986年、ソフトウエア開発を目的としてアプリックスを設立。同年にマイクロソフトへ入社し、ビル・ゲイツ氏の下、日本語版OS/2の開発責任者を務めた後、アプリックスを再始動。趣味はバイクとパン作り。(写真は菊池くらげ、以下同)

私にとって、アプリックスというと、JBlend(ジェイブレンド)などの携帯電話の組み込み系のソフトウエアを開発する会社という印象が強いのですが、昨年に「Beaconモジュール」を発売するなど、最近はハードを売る会社になったようにみえますね。

郡山:実は、あんまり変わらないんですよ。

 子供のころから電子工作が好きだったという流れで、昔から制御系が好きでした。CDライターというパッケージソフトなどを経て、JBlend(同社が開発する携帯電話向けソフトの実行環境)に移っていったわけですが、JBlendも結局やっているのは、携帯電話のバイブレーターを制御したり、FeliCaを制御したりと、制御なわけです。そういう意味では、制御系のソフトウエアをずっとやってきていたんです。

携帯向けOSを開発して、70億円以上の特損を計上

 JBlendで上場できたのですが、そこからが非常につらかったです。JBlendに代わるような次の成長を担うソフトが見つからなかったのです。

 Linuxベースの携帯電話のプラットフォームを作ってみるなど、いろいろと迷走して、一時期、70何億円もの特損を出しました。Android(アンドロイド)が出てくる直前の2006、2007年くらいの話です。

 今、Tizenと呼ばれているようなOSを、自分たちでも作ろうとしていたんですが、そうこうしているうちにグーグルからAndroidが出てきちゃったのです。すごく良質な組み込みソフトがタダで手に入るようになり、我々のような組み込みソフトウエア屋が商売にならないという状態になったのです。

 そういう状態のときに、ジー・モードという携帯電話用のゲームを作っている会社から、敵対的買収を受けていて助けてくれという話になりました。我々のJBlendの上でゲームを動かしていて、そこの社長が学生時代からの知り合いだったんです。

 我々からすると、渡りに船というか、組み込みソフトだけではもう難しいという中で、ジー・モードと一緒になってコンテンツと組めば新しく成長できると考えたのです。当時、テクノロジーを生で売るというのはビジネスにならなくなってきたので。

 組み込みソフトって基本的には電子部品です。携帯電話1台当たり何十円かもらえるわけです。ところがコンテンツって月何百円もらえるのです。これは何か話が違うよねという話になったわけです。

ソフトのマネタイズの方法が変わった

それで、コンテンツを扱う方向に舵を切ったのですね。

郡山:ジー・モードを買収した2009年の1、2年後くらいは、そっちに軸足を移そうと、アニメーションの会社を買収したり、コミックの会社を買収したりというのをやってきました。ところが、2011年にジー・モードの創業社長でエンターテインメント事業を統括していた宮路武が脳腫瘍で亡くなってしまったのです。

 今となって考えてみれば、宮路が亡くなった時点で全部の事業を売却するべきだったと思います。当時は、私は粛々と滅びゆく組み込みソフト事業を見ていて、宮路が今後会社を担う事業を見ていました。そのころは、ソフトウエア事業は今後なくなりゆくビジネスで、コンテンツの会社になるという予定だったんです。ところが、宮路が亡くなってコンテンツやゲームは分からない経営陣が残りました。

 その後、非常に苦労をして、ジー・モードも黒字に戻す見込みがつき、今のM2Mの事業も立ち上がってきたので、それで今年の春に事業を売却して、いわゆる我々が本来、得意としている制御系のソフトウエアの技術を生かせるビジネスに戻ったのです。

 だから、テクノロジーとしては元に戻っているんです。何が違うかというと、マネタイズの方法が変わったというのが一番大きいです。

 最近まで、マネタイズの方法には悩んでいました。我々は、もともとパッケージソフトというソフトの売り方をやっていて、その後JBlendに移ったときに、ライセンスビジネスになったわけです。結局、ライセンスビジネスが成り立たなくなって、次にソフトウエアテクノロジーをどう売っていくのか分からない。

 前は、ソフトの技術を箱に入れて売る、それがソフトの技術をライセンスして、電子機器の中に入れてもらうのに移った。じゃあ、次の流れは何なのか。以前ならASP、最近ならクラウドだとかいうけれど、それではなかなか儲からない。そんな中で、やっと、何が起きているのかがここ最近分かってきたんです。

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